うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『海と帝国』上田信

 目的……ブローデルの「海の歴史」と、ウォーラーステイン「世界システム論」という歴史学の潮流を踏まえ、中国史の見直しを図るものである。

 元、明、清の3王朝を貿易と経済の観点から考える。

 

 ――帝国と海との関係に着目することで、海を通じて中国と結ばれていた日本や東南アジア、そしてヨーロッパとの同時代性に常に意識を向け、ユーラシアの歴史を共進的なものとしてえがくことが可能となるであろう。

 中国王朝は、前王朝から与えられた名前を名乗る。その例外が元、明、清である。この3つの由来はいまだに謎である。

 著者の見方では、明代は、皇帝の恣意が行使されが「古代」である。一方、清代は、効率的な経営が行われた「近代」だという。

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 海への進出はもっとも人間的な行為である。

 華北と華南の権力分立システムは、元朝成立とともに崩壊した。元は、中国をより大きな東ユーラシア経済の中に組み入れた。

 元朝の交易輸送路には、海運と、運河を用いた輸送との2つがあった。元朝末期、黄河の大補修工事を開始したために、流域の住民から反発が生まれた。政府には海賊を制圧する力がなく、彼らに位階を与え慰撫していた。しかし、補修工事によって、反乱がおこる。これが、白蓮教の教主を頂いた紅巾の乱である。

 各地の反乱軍の中から、乞食僧の朱元璋が台頭し、明王朝を成立させた。

 太祖洪武帝、建文帝、成祖永楽帝、コウキ帝、宣徳帝

 鄭和朝貢貿易、礼の秩序、永楽帝による雲南攻略、オイラート及びタタールについて。

 ――明朝は13世紀にユーラシアで生まれた銀システムが崩壊したあとに、東ユーラシアに生まれた帝国である。13世紀のユーラシアは、モンゴル帝国の統制の下で、銀を軸にした経済政策がとられ、交易はかつてない範囲と規模で展開した。しかし、交易が当時の銀のストックでまかなえる規模を超えたとき、モンゴル帝国下の経済は破綻をきたす。この混乱の中から生まれた明朝は、財政から銀を排除するとともに、貨幣経済に頼らずに交易を展開させる制度を構築しようとした。

 明朝末期、宦官の力が強まり政治機構は腐敗した。各地で農民や知識人の反乱が起こり、中でも李自成と張献忠が反乱指導者となった。李は北京に入城した。一方、東北部ではヌルハチ満州国を立て、国名を金と改めた。ホンタイジの時代には何度も華北に進入を試みたが、山海関を越えることができなかった。続くフリン(順治帝)は呉三桂と協力して李自成を打ち破り、清朝を立てた。

 明代においては、海外との交流は皇帝の私的な管理事項であるとされ、官僚ではなく宦官が管理した。

 出版、文芸分野が発達し、『西遊記』、『三国志』、『封神演義』、『金瓶梅』、『水滸伝』等、多くの文芸作品が成立した。

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 清代にはアジア一帯で貿易が盛んに行われた。康熙帝雍正帝乾隆帝の時代は盛世といわれ、中国において平和が保たれた数少ない時代だった。

 銀による取引システムに代わって、18世紀には銅銭と穀物が用いられた。穀物の備蓄は、貨幣と同じ用途で使うことができた。

 18世紀の人口増加の要因として、著者は税負担の軽減を挙げている。国境が安定し、宦官による汚職が明代と比べて少なくなったため、農民の税が軽くなり、食糧事情が改善され、死亡率の低下につながったという。

 また、官僚主導によりアメリカ原産のサツマイモ、トウモロコシを普及させたことも人口増加に貢献した。

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 銀、生糸、蘇木は中国の歴史を大きく変えた物産だが、19世紀には阿片が大きな役割を担った。

 アヘン戦争の原因は、従来の三角貿易説から、金融システムを起因とする説に見直しが行われている。東インド会社がインド支配を確立してから、会社にはイギリス本国への送金義務が生じた。

 会社は貿易によって送金義務を果たすため、インド産のアヘンを中国に輸出し、中国から茶葉をイギリス本国に送ることで黒字を得た。また、アヘン戦争中にはアメリカ商人がアヘン取引によって収益を手に入れた。こうして、19世紀にはアヘン貿易が栄えた。

 19世紀は清朝の斜陽といわれるが、同時に、中国人労働者が世界に輸出された時代でもある。また、豊かな物産により蓄えてきた銀は、この時期に流出した。

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 開発の限界と失業者の増大により、白蓮教の反乱が頻発し、清朝の軍事費はかさんでいった。また、洪秀全による太平天国の乱が発生した。乱の鎮圧は地域の自衛組織である団練によって達成され、朝廷の権威は低下した。

 辛亥革命は、華中・華南の各省が清朝に対して独立を宣言することで発生した。その後の軍閥はすべて、太平天国を鎮圧する過程で生まれたものである。

 ――清朝アヘン戦争に敗れ、朝貢メカニズムを維持できなくなったことが、清朝の権威を低下させたということである。

 

海と帝国 (全集 中国の歴史)

海と帝国 (全集 中国の歴史)