うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『共産主義後の世界』スキデルスキー

 イギリスのケインズ研究者による「集産主義」の歴史。

 集産主義とは「経済的、社会的目標を達成するために国家の権力を意図的、体系的に用いること」を意味する。集産主義の概念は幅広く、社会主義からファシズム開発独裁共産主義までをも含む。

 集産主義の共通項は「価値や資源は権威主義的な仕方で――すなわち、政治的、官僚主義的な手法で――配分されるべきだ」との信念である。

 集産主義の極端なかたちは共産主義国家とナチス・ドイツである。ある国家が集産主義的かどうかの指標は税率や公的投資の割合等で計測することができる。

 スキデルスキーは集産主義をヨーロッパの現象と考え、その対抗軸としてアメリカを挙げている。

 ――集産主義――国家は市場よりもよく知っており、市民社会の自発的傾向を矯正できるし、必要とあればそうした傾向を抑制さえすべきだ、との信念――は、二十世紀において犯されたもっとも手酷い錯誤だった。

 このような概念は政治経済をゆがめ、最終的に破壊してしまう、と著者は主張する。

  ***

 20世紀の大戦から冷戦にかけての、共産主義対非共産主義の歴史が概説される。ヨーロッパの社会主義者は社会民主主義者であり、議会主義的方法を通じて社会主義を導入しようとしていた。このため、ヨーロッパ諸国はソ連による支配に抵抗した。

 ――イデオロギー上の優越をめぐる闘争において、アメリカ合衆国は金とテクノロジーを有しており、ソヴィエト連邦は反植民地主義と貧困を有していた。

 経済政策においては、西側諸国も徐々に政府によるコントロールを強めていくことになり、東西の境界はあいまいになっていった。

 ――共産主義の興隆と没落は、世界がどのようにして集産主義の誘惑という果実を味わい、また、やがてそれを拒否するようになったのかというより大きな物語の一部である。共産主義後の世界のありようは、歴史上のこうした大きな動きを我々がどの程度理解することができ、またそれにどの程度うまく対応することができるのかによって、強く左右されることになるだろう。

  ***

 「集産主義は程度の問題である」。

 「社会生活が命令を受けている程度と、国家の機能と活動が拡大する傾向」とが集産主義の指標である。

 集産主義の度合いを測る尺度は、「生産高の中で政府が支出する部分の割合」、「国家によって生産された財が生産高全体の中で占める割合」、貿易に対して干渉が行われる程度等である。

 著者にとっては、こうした集産主義傾向は本来の社会や経済を「変形させる」ものであり、それ自体が欠陥である。

 ――需要の存在しない生産物の累積、富の創造や自己改良への動機づけを掘り崩してしまうような収入配分パタンの出現、「公職者による独裁」の広まり、コーポラティズム的な取り決めの増殖、そしてとりわけ、広範な汚職と「レントシーキング」の発生、である。

 レントシーキングとは「他企業の参入を阻止する活動や、政府による参入規制または輸入制限政策を実施、温存させるための政治的活動」をいう。

 アダム・スミスは経済的自由主義を唱えた。これに対し、ドイツは経済ナショナリズムを、マルクス共産主義を唱えた。

 ――つまり、経済的ナショナリズムマルクス主義は、持てる者から持たざる者への――持てる者が国家であるにせよ階級であるにせよ――富と権力の再配分を目指していた。20世紀のマルクスレーニン主義は、この双方のアプローチを結びつけることにより、爆発力をもつ混成物と化した。

  ***

 集産主義が支持を集めたのは両大戦を通じてである。第1次大戦後、経済、社会活動における国家の役割が増大した。世界恐慌が起こり、ルーズベルトヒトラーはほとんど同一の計画経済政策を実行した。また、スターリンによる五か年計画は集産主義の成功を示しているかに思われた。

 第2次大戦が終わるとアメリカを中心にリベラリズムが復興した。集産主義に対する抵抗が、本来は自由主義的な思想の持ち主であるケインズや、国家による統制の制限を主張するハイエクシュンペーターポパーらによって進められた。

 西側諸国での議論は、福祉と資本主義との間でのバランスをいかにとるか、という技術的な問題に収束していった。

 やがて80年代にはインフレが問題となった。

 ――……効率性、ダイナミズム、そして自由を回復させようとすれば、「歳入国家」が削減されなければならなかった。つまり、マクロ経済の安定化、供給サイドに注目する手法、民営化、規制の撤廃、貿易の自由化等々、一九八〇年代に行われた諸改革にとっての決定的な文脈は、経済的、政治的な自由の価値が再発見されたことだった。

 インフレに対応するために、マネタリズム、新ケインズ学派、サプライサイド政策がお互いの主張をぶつけ合った。サプライサイド政策とは「経済の生産能力を改善し、一定レヴェルの総需要に応えるために可能な限り最高の産出額を達成させようとするものである」。

 サッチャー新自由主義政策や、途上国でのショック療法が80年代を通して試みられた。ショック療法とはハイパーインフレを抑える政策であり、価格の自由化、政府の補助金の削減、不要な公的部門の売却を行うものである。

 ソ連の崩壊とロシアの民主化過程は、民主化移行と資本主義移行についての深刻な問題を明らかにした。ロシアでは旧共産党幹部らによる着服、マフィア経済、レントシーキング等が発生した。

 ジェフリー・サックスは、市場経済モデルを「様々な慣行や技術的諸制度を内容とする持ち運び可能なパッケージ」とみなし、このモデルを採用することで政治制度は強化され安定されると考えた。一方、ジョン・グレイは、市場経済モデルを万能の様式として各国に適用するのは不可能であると考えた。グレイはその国の慣習に沿った漸進的な移行を主張した。

 ――共産主義から資本主義への転化は、人類の歴史上まったく新しい経験である。……したがって、変容のメカニズムがどのようなものになるかは、予言することができない。……事態の要は、サックスが言うところの「持ち運び可能」な資本主義が、十分に早く根付いて結果をもたらすことができるかどうか、ということにある。

  ***

 市場の失敗を補うために国家は必要とされる。それは集産主義とは区別されなければならない。

 ――国家が今世紀において引き受けてきた福祉に関する責任は、私的に富裕な社会にあって、なお適切なものだろうか? ……集産主義の時代は、国家による支出が劇的に刈り込まれるまでは終了したことにならない。

 著者はサックスの「持ち運び可能な」資本主義モデルに賛同する。よって、西側諸国には民主主義が必要だが、そうでない東側やアジアにおいては、封建主義下でも市場経済の発展がおそらく可能である。

 いずれにせよ、集産主義の極端な形である共産主義……抑圧的で、停滞的で、無意味化していくだけの存在が消えたことは喜ばしいことである、と著者は書く。 

共産主義後の世界―ケインズの予言と我らの時代 (パルマケイア叢書)

共産主義後の世界―ケインズの予言と我らの時代 (パルマケイア叢書)