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『絵画を読む―イコノロジー入門』若桑みどり

 図像学のはなし。

 図像の単純な意味と、その伝習的知識を総合して出された本質を研究するのが、イコノロジーであるという。

 歴史上の絵画を取り上げ、描かれたモチーフが示す意味を解説していく。

 西洋絵画は常にキリスト教とギリシア文化の影響下にあり、画家が何を意図して制作したのかを知るには、図の持つ意味や象徴について把握しておかなければならない。

 

 芸術は感覚的なものではない。「創造には必ず霊感の源、動機、影響」がある。原始美術の理解には考古学、人類学、宗教学の知識が不可欠であり、印象派の理解には認知哲学と心理学を知る必要がある。

 静物画はただ事物を写生しただけのものではない。人間、動物、風景のイメージにどんな意味をもたせたのかを考えると複雑なのだ。エジプトの壁画においては、果物は死後の王に捧げるためのものとして描かれた。絵画は王の権力の記号だったので、リアリズムは発達しなかった。一方、自然の模倣(ミメーシス)を志向していたギリシャでは写実技法が発達した。

 イデアの世界が存在するという観念が、ギリシャ以来の西洋の伝統だ。キリスト教時代になり、ふたたびリアリズムは姿を消した。ルネサンスに発達した静物画というジャンルは、表面のはかなさ(ウアニタス)の象徴でもある。

 

 ルネサンス以前、芸術は宗教により掌握されていた。

 十六世紀のオランダでは静物画が隆盛した。プロテスタント偶像崇拝を禁じていたこと、市民が中心の自治国家であったことが、その要因だった。人人は身近なものに宗教性を求めた。

 クールベが先駆的であったのは、そこになんの意味や、観念的な世界も入れることなく、単純に「現状」を描いたからである。

 

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 「イメージについての知識は想像性を増すものである」。

 植えられた花は永続の愛の象徴である。重い壺は地上の財宝、軽い壺は精神の財宝で、火を吹いているのは天上の愛の激しさを意味する。

 赤の色は慈愛、つまり他者への愛を意味する。裸体も西洋においては一般的に、潔白、純潔を意味する。なぜ裸体は無垢であるのか……ギリシャにおいて女神ヴィーナスは裸体であった、またキリスト教では、アダムとイヴがエデンの楽園にいたころは裸だったからだ。

 ルネサンスに流行した二人のヴィーナス論……ウラニア(天上)のヴィーナスとパンデーモス(地上)のヴィーナス。空と大地。貞節の女神ディアナとミネルヴァ。この二人のヴィーナスが二人とも美しいのは、ルネサンスの人人が地上の快楽、愛も肯定するようになったためだ。


 ボッティチェッリの『春』……聖母は青地に裏が赤色、金の星を刺繍したのマントを着ている。赤は慈愛、青は信仰、金の星は神の領域を意味する「永遠の空」。ボッティチェッリの『春』のヴィーナスと『ヴィーナスの誕生』におけるヴィーナスは、前出の二人のヴィーナスである。

「すべてが愛の力によって流動しつつ天は地へ、地は天への円環運動をおこなうという世界観がここに見られる」。

 これが「新プラトン主義」だという。プラトンキリスト教の調和がそのテーマだ。

 

 ペトラルカは愛こそ最高の価値をもつものだと言った。それまでは神を頂点に地上のヒエラルキーが決まっており、世界観は安定していた。これ以降の思想家、文人を人文主義者(ユマニスト、人間中心主義者)と呼ぶ。

 ヒューマニズムの意義とはなにか――神がつくった世界のなかにおいて「人間」の立場をより高め、人間の自由と尊厳を増加させたことである。ルネサンスヒューマニズムの文化である。

 

 画家には画家の頭脳があって哲学者とは違う。

「だが、画家は、まさに哲学者が考えられないようなかたちで、やはり考えたのだ。画家だけが考えられる形式で、彼は考えたのである。それはイメージによる思考である」。

 地上的モチーフとは、大地、暗い林、草原、花、天上的モチーフは海と空だ。

 『誕生』の天上の愛の左手に、肉体的な愛のシンボルである抱き合った男女(西風のゼフュロスとニンフのクロリス)が、快楽のばらの花を吹き送っている。右手には天と地を結ぶ使者メルクリウスがいる。

 オウィディウス『祭暦(ファスティ)』……世界の西の果てには西風の支配するヘスペリデースという黄金のりんごの実る常春の国があり、花の女神フローラが支配する理想郷である。

 ヴィーナスの侍女「三美神」は、愛欲と貞節と美である。これら対立の統一、つまり弁証法が新プラトン主義において主要な命題であったという。目隠しをしたクピドは官能的な愛、目隠しを取ったクピドは精神的な愛を象徴する。新プラトン主義とメディチ家、フィオレッタとフローラ。

 『われアルカディアにもあり』、アルカディアとはペロポネソス半島の中部にある高原で、牧神パーンの領地である。それは理想郷だった。「われアルカディアにもあり」と書かれた墓石は、二つの意味に解釈することもできる。いかなる理想郷、つまり幸福な人生にも死がやってくるという意味。もう一つは、今は墓石となっていても、生きているときは幸福だったのだという意味。

 ゼノンによって開かれたストア派は、天上を志向するのでなく人間の死を直視することを解くものである。骸骨を凝視するという構図は、ストア派の格言「メメント・モリ(死を記憶せよ)」を意味している。

 中世、疫病や戦争によって大量死が起った時代には、死は人間を打ち倒し世界を支配する骸骨人間として画かれた。また死とは、人間をほろぼす時間でもある。

 

 ニコラ・プサンによる絵は、無限という観念を生んだバロックを反映したものとなっている。永遠の象徴である空の下で、墓石を前に男女が静かにたたずんでいる。これは「生者必滅」を意味しているのだ。

 ミケランジェロ『聖家族』の主題は、イエスの誕生を阻止しようとしたヘロデ王から逃れる「エジプトへの避難」から生まれた。

 ここでは、マリアは旧約聖書の人間であるヨセフ――アブラハムの子孫ヨセフが救世主を生むであろう――と、神から、イエスを授かるのだ。

 一方ダヴィンチの『聖家族』では、子宮の隠喩である岩窟においてマリアがイエスを授かる。ダヴィンチはマリアを地上の娘であると考えた。

 フラ・アンジェリコの『受胎告知』……ナザレとは「花の場所」という意味。天使ガブリエルがやってくる。旧約聖書新約聖書をつなぐため、「予型論(タイポロジー)」なるものが生まれた。新約聖書での出来事があらかじめ旧約聖書で示唆されているというものだ。ここではマリアはエヴァなのだ。神から追放されたエヴァが、神を授かるものとなって戻ってくるのだ。


 宗教画の目的とはなにか……文盲の民を啓蒙すること、神秘を具体的に示すこと、視覚的に信仰させることだ。

 アンジェリコの『受胎告知』では正確な遠近法が用いられているが、合理的精神と神が両立していたのがルネサンスという時代だった。これはルターの宗教改革、それに伴うカトリックの反ルター運動(対抗宗教改革)により衰退していく。

 

 (略)

絵画を読む―イコノロジー入門 (NHKブックス)

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