うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『ジョウゼフ・コンラッド書簡選集』

 ジョウゼフ・コンラッドポーランド生まれのイギリス人作家で、『闇の奥』、『ノストローモ』、『ロード・ジム』『西欧人の眼に』等の海洋小説、スパイ小説を製作した。日本では古くから取り上げられ、ほとんどの本は翻訳されている。

 コンラッドの小説の印象は次のとおり。

・嘘やきれいごとに対する嫌悪

テロリズム、スパイ、植民地支配等の、政治にまつわる暴力行為

・無謀な若者と疲弊した中年

  ***

 この本はコンラッドの手紙を集めたものである。

・同時代の文芸作品について

・創作活動について

・生計の確保について

 

 コンラッドにはロシアへの怨念が渦巻いており、社会主義の危険性を唱えている。

社会主義は独裁主義にいきつく」。

 鬱や神経症をたびたび発症したという。気性の激しい人間だったようだ。

「もう何もする気になれません。あなた宛に書こうという気もほとんどない。書くってことは一大努力であって、完全に落胆した鬱の状態で、手からペンが落ちないうちにやり終えちまおうとする早まった跳躍なのです」。

 書くことは苦しいのだと彼は言う。彼が処女作を出したのは32歳のときで、それまで船員として働いていた。

「実生活というのは、わたしたちが意思に反する雑多な計りがたい力と取っ組み合うなかで、自分自身の個性を忘れてしまい、自分とはまったくかかわらずに過ぎていってしまうものです」。しかし、だからこそ「幸福へのチャンスがある」のだ。

「成就された仕事、克服された障害のなかにチャンスがある」。

 なぜなら「理性というものは弱く短命で、意志は永遠で強いものだからです」。

 

 処女作である『オルメイヤーの阿房宮』について……

「制作技法については一言もいえない。とても弱弱しくて、筆致のすべてが的外れ。なぜなのか? ――それがわかれば――自分の弱点の原因がわかりさえすれば、その原因を破壊し、その次からはとてつもない傑作ばかりを作り出せるはず――ただし誰にも理解できないものになるだろう! ――しかし実際には、僕はとても怠け者だから、自分の思考、言葉、イメージ、夢を変えられないわけだ」

 想像力は「人間の魂を創造するために、つまり、人間の心情をさらけ出すために使われるべきであって――偶然の出来事にすぎない事件を創り出すために使われてはなりません」。

 

 コンラッドは『阿房宮』を書き終えるのに三年かかった。

「あれのことを思わぬ日は一日もありませんでした。一日たりとも。そして結局、正直にいってあれは惨めな失敗作だと思っています」

「人の見方など誰にとっても役立ちはしないもの」

「他人の作った決まり文句、教義、主義のすべてを、そういうものは妄想の罠にすぎないから、拒絶するんだという認識であります」

 

 「著述業こそが小生の唯一の生活手段なのです。君にはわかってもらえるだろうけど、いやしくもこの領域に危険を冒して乗り出したからには、それは、名声を獲得するんだという決意あってのことであり――そのことでは自分の成功を疑いはしません。自分のできることがわかっていますので。それゆえ問題は金を稼ぐことだけなのですが」

 

「考えることはできても表現ができないというのは、すばらしい拷問だよ」。

 物語を進めていくエピソードが感覚の混沌状態から出てこない。コンラッドは、自分に出発点、背景がないことを嘆く。「梃子台なしで世界を持ち上げる」ような行為だ。

 

 「闇の奥」についての記述がある

 ――うわべの博愛主義にたいする憤りのすべてが、執筆の際に付きまとって離れませんでした。……ああ! 自分は面白いと思っても、退屈だと感じる人がいるのかもしれない。

 

 コンラッドは自分が流行作家にはならないだろうことをわかっていた。

「全権を握った大衆のために書こうというような野心を抱いたことがないからであります。わたしは民衆支配(デモクラシー)の原理を好きではありませんし――その原理のほうもわたしを好いていません」。

「生はわれらを知らず、われらは生を知らず」

「宗教はひとつの神話であり、信念は岸辺の霧のごとく変わるもの。思考は消えるものだし、言葉は、口に出したら死ぬもの」

「最も崇高な大義のなかにだって人間は、自分たちの卑しさをいくらかは持ち込むものです」。

 不完全な人間性を変えることはできない。

「人間は愚かで臆病なだけです……臆病さのなかにこそあらゆる邪悪が、あの残忍さが存在するのです」

「わたしは、あの恥知らずな奴らの一人であります」。

 

 自分の文体の必要性。

「思想は平凡、文体は何の変哲もありません。連中は、だれでも知ってる思想を表現するが故に受けているのです。そして世俗の人は、自分が偉いと思う人と自分自身とが同じであることを見いだして歓ぶのです」。

「それと、わたしが抽象的観念をもとに書き始めはしないことをお忘れになってはいけません。明確なイメージがあって着手しているのでありまして、その表現が厳密なものですから……」。

 人間はたちの悪い動物だ、利己主義こそが、あらゆるものを維持する。

「そんなわけでわたしは、過激なアナーキストたちを尊敬するのです」。

 

 「言葉、一群の言葉、独り立ちする言葉だけが人生の象徴であり、読者の心的な視界を前にしてあなたが掲げたいと願うことそのものをあらわす力を、その音声と表情のなかに、もっているのです。「ありのまま」の事柄というのは、言葉のなかに存在するのです」

「真実のすべては、その提示の仕方にあります」

 

 誰にでも書ける言い回しを使わないこと。「小生が日に二十回書いては、自作から排除するのに夜の半分を費やしてしまうやつ」なのだ。

ジョウゼフ・コンラッド書簡選集―生身の人間像を求めて

ジョウゼフ・コンラッド書簡選集―生身の人間像を求めて