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うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『土台穴』プラトーノフ

 この本は住居群の建設と、コルホーズの建設という2つの場面に分かれる。住居群の建設では、人びとは昆虫のように働かされ、夢の住宅建設のために酷使される。コルホーズでは、かれらは富農を見つけては家から追いたて、筏に乗せてどこかに流してしまう。

 コルホーズ建設を推進する活動家や、体制の指示に従う労働者たちもまた、上級司令部の意向によって失脚させられたり、失意のまま死んだりする。

 この本に描かれているような陰惨な時代があったらしいが、わたしたちはこれを体験することができない。この本に書かれている世界は幻想的で、悪夢に似ている。

  ***

 通常の生活、行動の中に、精神的なコメントが付される。

「ヴォ―シェフは立ち上がり、世界の普遍的な必要性に対する信頼を完全にはもてぬまま、彼らのほうに行き、遠慮がちに、悩ましい思いで食べはじめた」

「ヴォ―シェフはいま、こんなこともありうるのだ、と思っていた。子供たちは大きく成育し、喜びは思想によって造られ、未来の人間はこの堅牢な住居に安らぎを見つけ、手をさしのべ、自分を待っている世界を高い窓から眺める、といったことが」

 失業したヴォ―シェフは生き延びることの意味を見失ったまま、集団住宅を建てるための作業場に辿りつく。そこでは、輝かしい住宅を建てるという希望を生きがいにした貧しい労働者たちが土を掘っている。

 ――大住居群が竣工したあかつきの生活の訪れを彼はいまも信じていたので、もしも自分がみじめな有閑階級分子と見られれば、そこでの生活に自分は受け入れてもらえないのではないか、と心配だった。

 ――「悲しみなんて、どうってことないんです、コズローフ同志」と彼は言った。「それはつまり、ぼくたちの階級が世界全体を感じているってしるしで、幸福なんてどうせブルジョワの話なんですから……。幸福から生まれるのは、恥ずかしさだけです!」

 技士プルシェフスキーは楽園建設の夢にとらわれ、次のように妄想する。

 ――一年後には、この土地の全プロレタリアートが、小所有の町を出て、壮大な新住宅に住みつき、生活を始めるのだ。そして一〇年ないし二〇年後には、別の技士が世界の中心に塔を建て、全地球の勤労者がそこに入ってきて、永遠に幸福な定住を営むだろう……しかし彼には、……移住者たちの魂のなりたちまでは予感できなかったし、ましてや全世界の中央にそびえる未来の塔の住人なるものも想像できなかった……彼が恐れていたのは、空っぽの建物を建てることだった。つまり人びとが悪天候をしのぐためだけに住む建物である。

  ***

 ――「工場はね、管理局(トラスト)が準備したプランで稼働しているんだ。個人の生活プランなど、クラブなり、談話室で十分間に合うんじゃないか」

   「ぼくが考えていたのは、全体的な生活プランなんです。自分の生活のことなど何も心配しちゃいませんし、別にどうというものでもありません……ぼくには何か幸福に類したことを考えだすことができるんです。精神的な意味があれば、生産力は向上するはずです」

   「そもそも幸福ってのはだね、ヴォーシェフ同志、唯物主義から生じるのであって意味からではないのだよ」

 ――「考えごとをなくしたら、人間なんて生きてたってむだなんです」とヴォ―シェフは思案しながら言った。

 ――「君たちはなぜ、生産性を上げるのを渋っているんだね? 社会主義は君らなしでもやっていけるが、君らはそれこそ社会主義がなかったら、むだに生きて、死ぬだけだろうに」

 ――「おれはな、今日、社会保険に出向いていって、年金生活に入るのさ」とコズローフは伝えた。「社会的な害悪やプチブルの反乱を防ぐため、全員を見張りたいんだ」

 ――チークリンは不在だった。彼はタイル工場のあたりをうろついていた。すべては以前のままの姿だったが、ただそこには、終わりを迎えようとする世界の老朽の趣きがあった。通りの木々は、年老いてひび割れ、葉もつけずに久しく立っていたが、小さな家屋の二重窓のかげにはだれかがまだ身をひそめ、樹木よりもしぶとく生きていた。チークリンが若い頃、ここにはパン屋の香ばしい匂いがただよい、炭焼き屋が道を行き交い、田舎風の馬車が大声で牛乳を宣伝していたものだった。幼年時代の太陽は、その頃、通りの土埃をあたため、彼の生活は、裸足で触れはじめたばかりの青い、ぼんやりした大地の間で永遠であった。しかしいま、消えたパン屋や廃れたリンゴ園のうえには、老朽と別れの記憶の空気が漂っていた。

 ――「それって、悪い人はみんな殺さなければいけない、ってことよね。だっていい人がとっても足りないから」

 ――……彼は、軽やかで、意識の低い鳥の身体になりたいと思いかけたが、今はもう、ミヤマガラスに変わりたいなどとは考えなかった。なぜならそもそも考えることができなかったからだ。彼が生き、その目で見ることができたのは、中農の証明書があり、心臓が規則通りに鼓動しているからにすぎなかった。

 ――「二人を殺したのはいったいどこのどいつだ?」「チークリン同志、われわれにはわからんのです。われわれが生きてるのもの、たまたまなんですから」 

土台穴 (文学の冒険シリーズ)

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