うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『ダブリンの市民』ジョイス

 ――自分の魂は大勢の死者たちの群がるあの領域に近づいている。その気まぐれに揺らめいている存在を意識したが、それを理解することはできない。自分の正体も灰色の得体の知れない世界に消えうせていこうとしている。これらの死者たちがかつて築きあげ、暮らしていた堅固な世界そのものが、溶けて縮んでゆく。……彼の魂はゆっくりと知覚を失っていった。雪が宇宙にかすかに降っている音が聞こえる。最後の時の到来のように、生者たちと死者たちすべての上に降っている、かすかな音が聞こえる。

 

 ダブリンの市民の、全体的に低調な生活を書く。だらだらとした、あきらめの空気がただよっている。主人公は時々、強い感情、怒りや不快、みじめさにさいなまれる。また、俗世の風景から、不意に浮世離れした思考や幻想が出現する。

 いくつかの話はほとんどあたまに残らなかったが、「アラビー」、「小さな雲」(「自分は無期懲役の囚人だ」)、「痛ましい事故」(「彼は自分の人生の公正さを責めた。自分は人生の饗宴から締め出されたのだと思った。1人の人間が自分を……くれているようだったのに、その人の人生と幸福を否定してしまった……彼は自分の孤独を感じた」)、「死者たち」はおもしろかった。

 人物たちは皆みじめな目にあい、また、自分のやったことを後悔する。この、強い感情以外は、ほとんど人間の精神状態は説明されない。

 「死者たち」では、日常の一場面から、死者一般についての思考が発生する。俗世の中で突如出現する異質な世界を描く。

 「エピファニー」という単語の意味はすっかり忘れていたが、「直観的な事実把握」「神の顕現」のことと判明して、この本の表現するものはそのとおりだと納得した。

 意義のない生活、みじめで恥ずかしい生活から、あらゆるものが生まれる。

 みじめな状態に陥るのは、自分の状況把握がまちがっていて、それがあきらかになり、被害をこうむるからである。

ダブリンの市民 (岩波文庫)

ダブリンの市民 (岩波文庫)