うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『中世ヨーロッパの城の生活』ジョゼフ・ギース

 「城づくりはどのようにはじまったのか、城の歴史的役割とは何か、城が最盛期を迎えた13世紀に城の中ではどのような暮らしが営まれていたのか――これが本書のテーマである」。

 ――城主の一家は、大広間の上座、すなわち出入り口とは正反対の、奥まったところにしつらえられた木製、あるいは石造りの高座に席を占めた。ここなら隙間風も入らず、侵入者に不意をつかれる怖れもない。

 ――猟師はどこの城でも高給で雇われ、大領主の館には騎士の身分の猟師もいた。ヘンリー1世は狩りの一隊を束ねる猟師を少なくとも4人、日当8ペンスで召し抱えていたが、加えて角笛係4人と勢子20人、猟師の助手、イヌの訓練士がそれぞれ数人ずつ、それにオオカミ猟のための騎馬部隊と数人の射手が(そのうちの1人は王の弓を運んだ)いたから、狩りはさながら小規模な軍事遠征のようだった。

 

 城の生活や、中世の貴族や騎士たちの生活習慣を説明する本。10世紀を過ぎると、城は戦略拠点になり、統治や戦争の上で大切な役割をはたすようになった。

 貴族や王は、城の住み心地をよくするために、いろいろと工夫を考えた。下水設備をつくり、暖炉をつくり、また使用人たちの生活環境もととのえられた。

 騎士は素行が悪いものが多く、このために騎士道という規範が重んじられるようになった。決闘はたびたびおこった。もともと、決闘は集団でおこなうものだったが、のちに1対1が主流になった。あまりに死傷者がでるので、王は法律で集団決闘を禁止した。

 中世の貴族たちは、愛をたたえる一方で、性的なことがらにたいして遠慮がなかった。中世の文献には性欲や性行為を直接説明するものが多く残っている。

 イギリスの王某は狩猟に夢中になり、王有林をいくつも指定し、森林管理のための役所をつくった。森林の管理は過酷で、密猟や不法侵入には厳罰が適用されたので、森林の役人はきらわれていた。

 王侯貴族の好んだ遊びとして、鷹狩があげられている。この本では鷹狩のための鷹の育て方がくわしく紹介されている。鷹を育てる方法はとても手間がかかるもので、よく思いついたものだと感心した。どうぶつ使いというのは長い歴史をかけて技術を確立させている。

 14、15世紀になると城は衰退する。あたらしい投石器や砲弾が発明されると、攻城戦はすたれた。王侯貴族は、より住みやすい場所として宮殿をつくりはじめ、城に常駐することがなくなった。

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 ――こうした平和で文化的な任務が与えられているとはいえ、現代でも城が昔の勇者の顔をのぞかせることがときどきある。ドーヴァー城には19世紀をとおして、また20世紀になってからでさえ、守備隊が配備されていたし、2度の世界大戦ではヨーロッパの多くの城が戦闘任務につくことになった。

 城はレーダーサイトや対空砲の土台、「アメリカ空軍の無線方位測定基地」として利用された。

 ――イギリス、フランス、ドイツ、スペイン、イタリアなど各国でガイドや案内書の助けを借り、少しばかりの想像力を働かせながら、城の草深い中庭に立ってみよう。そして、風雨にさらされた城壁や塔、消えてしまった木造の建物のあいだを人びとが――弓兵、騎士、召使、ウマ、荷馬車の御者、城主、奥方、客人たち、それにタカや狩猟犬、ブタやニワトリも――行きかうさまを思い浮かべるのだ。騒々しく、物騒で、心地よいとはいえないが、それでもたまらなく魅力的な13世紀の暮らしが見えてくるに違いない。

 作者はアメリカ人で、歴史が好きということがよくわかった。 

中世ヨーロッパの城の生活 (講談社学術文庫)

中世ヨーロッパの城の生活 (講談社学術文庫)