うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『世論』リップマン (2)

 民主主義のシステムにおいて、こうした現実把握の形式はどのような障害となるのか考えていく。後半は、民主主義が成立するまでの試行錯誤と、民主主義にとって世論形成がどのような役割を果たすかに、とくに分量が割かれている。

 われわれは、自分の経験しない事柄をどうやって理解するのか。まず、専門家や、年配者等、信頼する人を決めて、この人たちの発言を重んじる。

「ときに、われわれのこうした面は、生まれつきの不名誉な性格、つまり、羊のように盲従し、猿のように物真似をする性格がある証拠と考えられることがある」。

 まったく他人にたよらない仙人の活動範囲はきわめてせまいので、自分の半径1メートルのことしか、中立的にながめることができないだろう。

 そもそも、大多数の人間の考えというものは、複雑な内容を表現できない。それは、がやがやとした、「はい」か「いいえ」程度の合意にしかならない。

 ――実際のところ、「直接立法」などというようなものは存在しない。「直接立法」が認められているとおもわれているところで何がおこっているかを考えればわかる……かれはその投票用紙に「イエス」か「ノー」をもって投票するだけでほかのことはできない。これを立法ということばでよぶなら、大鉈をふるって国語改革をしなければなるまい。

 「どんな場合も集団決定は必然的に単純」である。ある少数者が意見をつくり、のこりの多数がこれに「はい、いいえ」を与える、というのが現在の代議制の特徴である。

 ――伝統的な民主主義の人生観は、緊急事態や危険なことのためでなく、静穏と調和のために考え出されたものであるところから、複雑な逆接が生じてくるのである。

 合意をとりつける際には象徴が用いられる。民主主義の時代になり、合意をとりつける、つまり、説得する技術というのは「正規の機関」となった。

 ――かならずしも宣伝ということばのもっている不吉な意味だけで言うのではないが、宣伝というものの影響を受けて、われわれの思考のなかで昔は定数であったものが変数となった。たとえば、人間の問題を処理するために必要な知識は人間の心から自発的に生じるというような、民主主義の原初にあった教義を信じることは、もはや不可能である。この理論によって行動する場合、われわれは自己欺瞞と、立証する術のないさまざまなかたちの説得にさらされることになる。

 自分の知らない範囲をどうやって理解し、判断すればいいのかについて、昔から考えられてきた。

「民主政治論のさきがけとなった人たちは、人間の注意力のおよぶ限界として知られている範囲と、人間の尊厳にささげる自分たちの無限の信仰との葛藤を解消する材料をもっていなかった」。

 政治学者たちは「砂上に楼閣を建ててきた」。かれらのほとんどは自分のせまい経験から外界を憶測するにすぎなかった。自治の可能な領域が限られること、外界を経験することに限りのあること、等を、どうすれば解決できるかが問題となる。

 ――事情に通じていない有権者といっても二通りある。ものごとを知らないが自分が知らないことを知っている人間、そういう人間はたいてい開明的である。かれは投票権を放棄するようなタイプの人間である。だが、事情にうといくせに、自分がうといことを知らないか、それを気にしない人間もいる。このような人間は、党機関が働きかければかならず投票場へ行かせることができる。党組織はそのような人間の票の上に成立している。

 公的生活を、身の回りの生活とはっきり区別して教育する制度のないところでは、「共通の利害関係」が世論からすっぽりと抜け落ちてしまう。

「自己中心的な意見だけではすぐれた政治をもたらすことはできない」。

 民主主義は、国民に権力をもたせることだけに執着してきた。権力をどのように使うかについては二の次だった。

 ――……もっとも重大な関心はその権力がいかに用いられるかにある。文明の質を決定するものは権力の用い方である。それは権力の発生源でコントロールできるものではない。

 政治の評定基準をできるかぎり正確かつ客観的にするために、あらゆる分野の活動が記録され監査されるしくみが不可欠になってくる。こうした記録をとおして、外界に対する支配力を増加していかなければならない。

  ***

 国民1人1人が、1日最大30分の新聞購読時間だけで、世の中のあらゆる問題にたいして適切な把握をおこない、判断を下せるようになるわけがない。

 民主主義の根本的な欠陥は、著者によれば、この点に由来する。

 ――すなわち自治をおこなう人びとが、情報機関を発明、創造、組織して自分たちのきまぐれな経験、偏見の外へ踏み出そうとしないところに源がある。政府、学校、新聞、教会は、民主主義のあきらかな弱点、たとえば、はげしい偏見、無気力、重要だがつまらないことへの反発からきた、些事ながら好奇心をそそるものへの偏好や、枝葉のことや不完全なものへの欲求に対して、あまりにも主導性が乏しい。それは、かれらが信頼すべき世界像のないままに行動せざるをえないからである。これは民主政治の根本的な欠陥であり、その伝統にもともとつきまとっている欠陥である。

  ***

 意思決定にとって最重要なのは中立な情報である。

 著者は、軍隊や政府のもつ情報機関を手がかりに、有権者が妥当な判断を下せるような情報システムの確立を提案する。

 情報機関においては、運用部門と、情報収集部門は分離しているのがのぞましい。運用部門は特定の目的をもっており、情報収集に関与することでデータがゆがんでしまうおそれがある。

 ――情報の原理に基づいて行動するとき、人は外へ出て行って事実を見つけ自分の知恵をつける。情報の原理を無視するとき、人は自分の内にこもり、内側にあるものしか目につかない。そうした人間は自分の知識を増やさずに、自分の偏見をはぐくむのである。
  ***

 人の意見がどのようにつくられていくかは、民主主義の根幹である。この根幹は、情報活動によって成立している。情報活動を考えることが、妥当な政治的判断をくだすことのできる有権者を手に入れる方法である、という印象をうけた。

 

世論〈上〉 (岩波文庫)

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世論 (下) (岩波文庫)

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