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うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『Mystery and Manners』Flannery O'Connor

本メモ ◆海外のフィクション

 オコナーの評論、講演等をまとめた本で、おもに制作、フィクションについて書いている。『秘儀と習俗』という翻訳が出ている。

 アメリカ人女性の作家で、主に短篇を書いた。その他奇妙なキリストの姿をモチーフにした『賢い血』等の著作がある。

 

 オコナーは宗教的な人間で、制作することと信仰することが強くむすびついていた。また、南部という身のまわりの風景を重視し、何もなさそうな日常のなかに神がかくれていると考えた。

 制作については、素質があるものが書く、とあまりはげみにならないことを言っているので納得した。著者はその場をとりつくろうためのうそや、適当ななぐさめを嫌うようだ。

 自分の土地を書くことは自分について書くだけでなくそこの人びとについて書くことである。

 題材を身のまわりに限定することが現実への扉となる。小説は抽象観念ではなく具体的な話からはじまる。なので制作の源とは作者の見るもの、作者の感覚器官である。

 南部は負けたことによって、社会を解釈するきっかけを手にいれ、また没落を手に入れた。神秘が失われ、人間の限界がみえたという意識を、南部の人たちはより強くもっている。

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 制作方法を教えることは不可能で、せいぜいやってはいけない言葉と文をあげる程度である。

 長編はゆっくりと細部をつみあげていくことで成り立つ。よい本ではこまかい部分がすべて意味をなしており、象徴となる。

 この話のテーマは何か、という質問に簡単に回答できるような作品は、別のかたちで説明すればいいので、フィクションにする必要がない。フィクションは報告されるよりも提示されるものである。

 現実的な制作論かとおもうとそうではなく、制作は神の手伝いをする仕事、希望をつくる仕事、人びとを救う仕事だとオコナーは主張する。

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 ――Fiction is an art that calls for the strictest attention to the real ― Whether the writer is writing a naturalistic story or a fantasy, ... Even when one writes a fantasy, reality is the proper basis of it. A thing is fantastic because it is so real, so real it is fantastic.

 グレアム・グリーンは「わたしは底なし沼に立った」という文を書くことができなかった、なぜならそれは事実ではなかったからだ。

 幻想を書く人間は、自然主義的なものよりもほんものらしさに注意深くなる傾向がある、とオコナーは考える。例としてカフカがあげられている。「変身」では、事実はゆがめられておらず、ゆがみが事実に近づく。

 よい物語は細部と人物が行動をうみ、話をかたちづくっていく。

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 作者にとって、言葉の使い方がすべてである。

 ――The first thing that any professional writer is conscious of in reading anything is, naturally, the use of language.

 

 本のタイトルである「習俗と神秘」については以下のとおり。

 フィクションをつくる2つの性質は神秘と習俗である。身のまわりの存在が習俗をつくる。南部の作者たちは矛盾と皮肉、明暗を多くふくんだ、またことばの多彩な地域に住んでいる。この習俗から個人が生まれ、個人がフィクションの動力になる。

 作者は、自分の見ているものを、だれかに見せなければならない。

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 文学、文芸を教育機関で教えるにはどのような方法が適切かについて意見が書かれている。

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 ――The novelist doesn't write to express himself, he doesn't write simply to render a vision he believes true, ratter he render his vision so that it can be transferred, as nearly whole as possible, to his reader.

 小説家は自己表現するのではなく自分が見ている図像を読者に提示し伝達する。

 

 読者を無視することはできても、かれらの忍耐力を無視することはできない。

 トマス・アキナスのことば……芸術はそれ自体がよいものである。しかし、そのことは、いまでは忘れられている。芸術をつくることはよいことであり、神に貢献することである。

 よい本が宗教的に善とは限らず、また、宗教的には善であっても、制作物としてはゴミみたいなものもある。

 制作者はまずよい制作物をつくらなければいけない、とオコナーは考える。

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 オコナーは神を見出すという信念に基づいて制作し、南部のみすぼらしい、みじめな人びとのいる風景を書きつづけた。この作者は、現実をおおいかくす、粉飾する、うすきれいなことばをいっさい使わなかった。

 これら害毒的なことばはわたしたちの世界観を汚染し、偵察精神、「見たまま聞いたまま」を押しつぶしてしまう。

Mystery and Manners: Occasional Prose

Mystery and Manners: Occasional Prose