うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『アイヒマン調書』ヨッヘン・フォン・ラング

 アイヒマンは親衛隊のなかの警察関係の部署ではたらき、戦争がおわると逃亡したがつかまった。

 親衛隊国家指導者ヒムラーがおり、その下の公安部署のトップがハイドリヒだった。アイヒマンの直属の上司はミュラーである。

 かれは親衛隊中佐の階級まで昇進したが、出世欲、権力欲の強い人間だったようで、自分の階級に不満をもっていた。

 取調べの過程や、発見された公文書、メモ書き等から、かれの実際の性格がどういうものかを考える。

 アイヒマンの業績は、服従の心理ということばで有名になったが、わたしの所感では、かれは自発的な意志をもった人物である。アイヒマンは学業成績がふるわず、工場の事務員や、セールスマンなど、さえない仕事を転々として、やがてNSDAPに入党した。

 やがて、ユダヤ人を移送する列車運行計画をとりまとめることになった。のみならず、ユダヤ人移送に関する個別のケースにも指示をだすことになった。

 収容所への移送が、最終的解決、つまり抹殺を意味することをはじめから知っており、殺害の現場も何度か目撃している。

 職務上の手紙や、人への話から、アイヒマンが強い確信をもってユダヤ人を絶滅させようとしていたことがうかがえる。ユダヤ人絶滅機構について、組織制度から実際の運用まで、尋問官にたいしてくわしく説明している。

 ほかの戦犯の証言によると、アイヒマンのことばにはつねに皮肉や乾いた笑いがあり、薄笑いを浮かべながらしゃべっている印象をうける。

 取調べの際に延々とくりかえされることば……「わたしは命令を受けただけ」、「命令に服従した」、「わたしの権限は何もなかった」、「わたしは署名しただけ」、等のことばは、かれの本心ではないと感じる。アイヒマンは弁解するために、軍隊の指揮系統を口実として利用した。こういう言い訳ができてしまうところに、組織集団の問題がある、すなわち、服従の心理である、という話が有名である。

 わたしの勝手な思いつきではこうなる……アイヒマンに限っていえば、かれは指揮系統のしくみ、無責任制度を存分に活用して、やりたいことをやった。かれは人間の命とか、正しいこととか悪いこととか、そういうものをいっさい信じていなかった。かれは権力と、弱肉強食以外なにも信じていなかったのではないか。すべての人間味のあるもの、道徳的なものを、くだらないクズだとおもっていた。

 こうした性格は珍しいものではなく、アイヒマンはたまたま力を行使できる環境にめぐまれたにすぎない。とはいえ、あくまで自分の妄想なので、ひとの心の中身はわからない。

  ***

 絶滅機構の制度はよくできており、ユダヤ人をドイツ帝国の全域からバランスよく移送するには、鉄道を管理する運輸省と調整しなければならない。また、ユダヤ人のなかには政治的配慮が必要なものもあるので、こういう個別の事例には責任者がでてきて適切な指示をだす必要がある。アイヒマンはこのような管理業務を実施した。目的がユダヤ人の殺害でなければ、正常な役所のつくりをしているようにしかみえない。

 政府や軍隊、警察のような大きな組織では、書類をかいて、報告書をだし、ほかの部署と延々と調整しなければならない。

 かれは親衛隊のなかで昇進しないことに不満をもっていた。親衛隊はドイツが負けると消滅したが、かれにとっては自然のピラミッドそのものだった。

 軍隊、役所、その他のあらゆる営利組織は、すべてピラミッド構造を有しており、内部の人間にとっては切実である。

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 ――1 誰しも自分の生きたいように生きている。
   2 しかし、それなら将校として威張るべきではない。なぜなら
   3 将校=誓いに基づく義務の完遂!

 

 ――……私は自分にまったく罪がなかったとは思いません。なぜなら、私がもっぱら命令を受けるだけの立場だったということが、今では何ら自己弁護としての意味ももたなくなっているからです。計画し、決定し、命令をした側の人間は、自殺によって容易に責任を逃れてしまいました。その仲間たちも、今日ではすでに世を去っています。

 

  ***

 取調べをおこなったイスラエル警察大尉のメモ。

 ――私にとって特に印象的だったのは、彼にはユーモアが完全に欠如していたことだった。その薄い唇に幾度か笑いが浮かんだことはあったが、目は決して笑わないのだった。彼の目はいつも嘲笑的で同時に攻撃的だった。

 ――特に印象的だったのは、アイヒマンが自分の犯した凄惨な罪に対して明らかに何の感情も持っておらず、まったく悔恨の情を示さないことだった。

アイヒマン調書―イスラエル警察尋問録音記録

アイヒマン調書―イスラエル警察尋問録音記録