うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『敵あるいはフォー』クッツェー

 ロビンソン・クルーソーを下敷きにしたフィクション。古典を題材に、物語や歴史とは何なのかを検討する。

 無人島にながれついた女のつぶやきから本がはじまって、本家とちがって生気のないクルーソー、黒人のフライデーなどが登場する。どういう展開になるのか予測がつかず、読み終わってから、ずいぶんといびつな筋だという印象を受けた。表面的な経緯はガタガタしているが、これは、その奥に別の主張とか、意味があるためだとおもわれる。

 スーザン・バートン……ブラジルのバイア諸島から舟にのるが、黒人が反乱をおこし、船長の屍体といっしょに漂流させられる。無人島にたどりつき、クルーソーおよびフライデーとともに生活をはじめる。自分の貴重な体験を記録するべきだ、とクルーソーに言うが、かれは反応しなかった。

 イギリスにもどると、作家のフォーに、自分の体験を本にして売ってほしい、とストーカーまがいの行為をはたらく。この人物は、ことばについて、いろいろと抽象的なことを言う。本の終わりに、もう1度無人島にたどりつくが、このとき女は、船長とともに死んでいるように読みとれた。

 クルーソー……生気がなく、理性の力とか発明とかに対しての意欲が欠如している。かれは無人島から脱出する気がなく、ほとんど意味のない作業(石ころで段々畑をつくる)だけしかやらない。熱病ですぐ死ぬ。

 フライデー……舌のない黒人の、元奴隷で、人喰いだといわれているが、まったくしゃべらないのでわからない。口をきかないだけでなく、考えがまったく読みとれない。女が、読み書きなどを教えようとするが習得しない。この人物は何も語らないが、女の荷物としてついてまわる。女が荷物を抱えて、どうにか処置しようとする風景には、何かのたとえがふくまれているのでは、と感じた。

 フォー……人の体験を脚色して本にする業者で、はじめは女たちに姿を見せなかったが、いつの間に女と恋人のようになっている。

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 これら、それぞれの登場人物は隠れた意味を背負っているようだ。人物と、話の展開が唐突なのは、このためではないかとおもった。

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 何かを言いたそうな、抽象的な台詞……

「物語は、より大きな設定のなかにおいてやることによってのみ、生命を吹き込むことができるんだよ」

「ほんとうの話というのは、フライデイに人為的に声を与える手立てが見つからない限り聞くことはできないんです」

「フライデイはことばが何もできませんし、他人の欲望に従ってだんだんちがうかたちにつくりかえられていくのを防ぐ手立ては何もないのです」、それに対して、女の沈黙は、黙秘権に近い。

 ――案内したり修正したりといったことは依然わたしの手中にあるんです。それよりなにより、話さないでいることだってできるんです。そうやってわたしはいまでもわたしの物語の父であろうとしてるんです。

「わたしにとってのモラルは、一番強い力をもつ者がしめくくりの台詞を言う、ということです」

 

 ことばの力、強制力について考える、おもしろい文だとおもった。しかし、後半に、対話形式で立て続けに書かれると、理屈っぽくなる。

 

 ――事実に反することに対しては、抗議する以外なにができます? ……わたしは作り話ではありません、フォーさん。……そのすべてが一つの物語を形成しているんですけど、いちいち言わないんです。そういうことは言わないことにしているんです。わたしがこの世の中で、現実の歴史を背負った現実の存在であることの証明は、だれにも、あなたにすらも、負うわけにはいかないのですから。

 ――だってわたしは自分自身の欲望にしたがって自分自身の物語を語り、それによって自分の自由を主張しようという1人の自由な女性なのですから。

 フォーは言う、われわれは人生の主人公ではないかもしれない、「終わりの見えない物語のなかの人形になった」、やむをえずなったものかもしれない。

 次の文はすこしあざとすぎる……「どんな話にも沈黙がある。隠れた風景がある。語られない言葉がある。そう思うんだ。その語られないものを語らない限り、物語の核心には至りえない」。

 われわれは神の書いたものだが、一部の人、フライデーなどは、「別のもっといかがわしい作家によって書かれている」。

 ――「自由の意味なんて我々は知る必要などないんだよ、スーザン。自由というのはただの言葉なのさ。その辺の言葉とおなじだよ。……もし我々が『自由』とか『名誉』とか『至福』とかいうような偉大なる言葉をはめ込むのにぴったりの穴を見つけるのに夢中になったなら……結局は何もかも無駄になるに決まっている。それらはすべて住む家のない言葉なんだ」

 フライデーのすがたはあきらかに行き場のない奴隷だが、かれは、書類上は、主人のクルソーから解放されていて、自由の身である。 

敵あるいはフォー (新しいイギリスの小説)

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