うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『ケルト/装飾的思考』鶴岡真弓

 アイルランドにおける装飾写本、造形美術、十字架等を通してケルト人の文化を紹介する本。

 

 ケルトはゲルマンとともに北方の文化である。十一世紀、ギラルドゥスの『アイルランド地誌』によればその装飾写本は彼に衝撃を与えたのだった。

 五世紀はじめ、聖パトリックによってアイルランドキリスト教がもたらされた。聖ミカエルを祀るスケリグ・ヴィヒール島が西のはずれにあるのはなぜか。

「西の海には死者が永遠の命を生きることができる「ティール・ナ・ノーグ(常若の国)」があると信じられた」

 ケルトの英雄アーサー王が死後渡ったアヴァロンの島は、これと同じものだという。スケリグ・ヴィヒールは死者の国である。

 ――西の海の彼方に異界をみるこうしたケルトの信仰は、アイルランドにおいてキリスト教文学のなかに引き継がれ、中世アイルランド文学の重要なジャンル「航海譚(イムラヴァ)」を生んだ。その物語は「約束の地」をめざして西の海を旅する聖人らの奇想天外な挿話に彩られている。……とくに有名なのは『聖ブレンダンの航海』だ。

 六、七世紀、アイルランド修道士は大陸において布教活動を行った。彼等の放浪精神について。

「国を離れた完全な孤独のなかで真の修道者となる」

 永遠に放浪するというのは定点に留まらないということだ。

「西ヨーロッパのなかでアイルランドが最も速やかにキリスト教化をなし遂げた第一の要因は、ローマの征服を奇蹟的に免れたことにある」

 アイルランドは聖人の島であると同時に学芸の島でもあった。

 「写字僧(スクリベ)」は伝道のシンボルでもあった。他のヨーロッパ諸国に比べてアイルランドには写本芸術が深く根付いていた。写本製作は十九世紀末まで続けられた。

 
 ケルト福音書写本を代表するのが『ダロウの書』、『リンディスファーン福音書』、『ケルズの書』である。これらケルト文化圏で生まれた写本の特徴は不可思議な<文様>である。

 コンスタンティノポリスアレクサンドリア、アンティオキア、ローマなどにおける初期キリスト教時代の写本は、挿絵によって彩られている。巻物(ロール)から冊子(コデックス)に移ってからは、挿画が独立した頁をとるようになった。この挿絵形式は西に伝播した。

 ところが、『ダロウの書』にはこの挿画がまったく見られない。

「要するに他の地域の作例に行われたような物語の進行(時間性)や特定された場の情景(空間)を視覚的になぞるという方法を拒んでいるのである」。

 その代わり、装飾頁があるのだ。

 象徴頁、カーペット頁(もはやここにはキリスト教との関連さえ見つけ出すことは難しい)、装飾頭文字の頁。「具象によってテクストのナラティヴな内容を絵画的に例証しようとする<挿絵(イラストレーション)>の系譜に対して、『ダロウの書』は、装飾によって聖書そのものを純粋に美術化しようとする<装飾(イルミネーション)>の系譜を打ち出したといえるのではないだろうか」。

 聖書自体をまず光り輝く荘厳の視覚的存在とすること。

「聖書は読まれ聞かれることばであるだけでなく、キリスト教図像のなかで確固とした聖なるオブジェとして美化されなければならなかった」。

 ケルトはじめ北方の民族は「抽象作用を通して非在的な形象を表す欲求をもった」。北方的な金工品装飾芸術を平面に写したもの。

 カーペット頁の文様は渦巻き、動物、組紐である。これらはすべて相互連動している。「空間に錨をおろした堅固な世界」ではなく、「持続のなかで変動してやまない流動的世界」をこれら顛倒、歪み、逆転、裏返し、変貌、増殖は描く。

 写本の挿絵や装飾は「ミニアチュール」と呼ばれる。文字は単に読まれるものではな見られるものでもあった。

 ケルトは口語文化であり、ドルイド叙事詩を習得した。オガムという簡易文字は、植物、樹木の意味をつけただけのものだ。

「聖書のテクストを人物や情景といった具象で再現することを拒んだ代わりに、彼らは聖書の文字に神の顕在を見ようとする」

 
 石造十字架は中世ケルト美術のもうひとつの代表である。気まぐれ(カプリチオ)。十字架の欄外にいる不気味ないきものたち。ゴンブリッチ曰く「そこには聖なるものと俗悪なるモノ、畏怖と悪ふざけを分かつ境界は曖昧なまま」にあり、対立する二項が並存する。「自己抑制と欲望の爆発」を併せ持つ人間像をあらわすのだと著者は言う。

 文様は極力、スタティックであることを避ける。顛倒の論理について。一見対称に見えても、細かく文様を見ると混沌としている。「変転や顛倒を無限に繰り返す世界像」をあらわす。こうした文様もケルト的イメージのひとつであると著者は言う。 

 ジョイスは復刻版『ケルズの書』を所持していた。「『ケルズの書』を傍らに置き、その文様を視ることは、彼の創作の本質にかかわる秘蹟とさえいえるものだったらしいのである」。

 ――奔放な言葉遊び、現実と幻想が交錯する脈絡のない物語。ねじれ、絡み合い、増殖する文体。アイロニーの放射。そうしたジョイス文学の特質は、それがケルトの装飾マニエラと響きあうことを予想させはしないか。

 

 第二部はケルト人の出自について。ケルト人というのは言語上の区分であり、かれらは印欧語族に属する。またローマ人の見落としたケルト神話の複雑性について。

 ケルト人は人像と無縁ではなく、木偶などを製作した。

「しかし、頭部に直接胴体がついたもの、頭部のみのもの、また棒に三つの人頭だけを刻んだものなど、素朴だが無気味なそれらの神像は、ギリシア・ローマ人が追及した現世的人体にほど遠く、古典美に照らせばまことに醜い、非自然主義的な「負の人体」とでもいえるものである」。

 意図的に自然を歪め、文様へと変質させていく。古ヨーロッパでは迷路は死の世界を意味する。クノッソス宮殿に侵入したミノス王は怪物ミノタウロスを殺し、生贄を助けたのだった。

 ドルイドとはバラモンのようなものだろうか。

「インド=ヨーロッパ社会は祭司・戦士・生産者の三つの階層によって構成されている」。

 霊魂不滅の思想がケルトにはある。豊饒なティール・ナ・ノーグの世界は、ギリシアにおける「闇夜の国」、ローマ人の「青白い冥府」の暗い凋落イメージとは対極にある。かれらは人頭に魂が宿ると考えた。

 

 ケルト渦巻に特徴的なトランペット・パターン。福音書のことばは神のことばであるから、写字生はその神のことばをあらわすために技巧を用いる。動物の項はとばす。

 ケルト十字の由来ははっきりとわからない。

「「円環」の起源には諸説あり、異教の太陽崇拝のなごりとも、初期キリスト教時代に東方から伝えられたマルティーズ・クロスの外円とも、またより実用的に十字の横木を受け止める支えとして発達したものともいわれる」。

 教会のかたわらや、広場の中央、町の中心に「ハイ・クロス(高十字架)」が立っている。これはケルト宗教的シンボルであるのみならず、十九世紀に独立運動のアイデンティティーとなった。

 七世紀までの初期キリスト教には、十字架にもさまざまな異教的象徴が加えられている。古代エジプトのタウ十字、東方起源のフラベリウム、輪文(ループ)、ロゼッタ、マルティーズ・クロスなど。マルティーズ・クロスは十字の先端を葉のように広げたものだ。

ケルト 装飾的思考 (ちくま学芸文庫)

ケルト 装飾的思考 (ちくま学芸文庫)