うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『声の文化と文字の文化』オング

 口語文化と文字文化との大きな違いを論じる。科学や哲学に含まれる特長の多くは人間生来のものではなく書く技術がもたらしたものである。本書では声文化と文字文化をそれぞれオラリティー、リテラシーと呼ぶ。

ホモ・サピエンスが地上に出現したのは、いまから三万年から五万年前のことです。ところが、最初に「書かれたものscript」が現れたのは、たかだか六千年前のことにすぎません」。

 エレクトロニクスの時代がやってきてはじめて、われわれは書く文化以前の声文化の存在に気づいた。本書で論じるのは「声の文化と書く文化のあいだにある「心性mentality」の違い」についてである。

 

 第一章 声としてのことば

 そもそもことばとは声に基づくものであって、書くことはその二次的な表現にすぎない。数千、数万の言語のなかで、文学をもつ言語はわずか百いくつにすぎない。声としてのことばが長年軽視されてきたのは、研究そのものが書くことに依拠するからである。

 文字をもたない文化がわれわれの文化とまったくちがう意識をもっていたことを発見したのは、いつも文学や言語の研究者だった。二〇世紀初頭のホメロス研究者ミルマン・パリイはいまでもたびたび言及される。

 書かれたことばには専横性があり、文字文化に生きる人びとが視覚(綴り、辞書その他)ぬきにことばを思い起こすことは難しい。辞書と語彙集を調べて書くとは、ことばが精神のなかにはないということでもある。文字をもつと声文化の特性は失われてしまうが、やはり書くことは人間に必要である。声の文化がどのような意識をもっていたかを発掘するのが本書の目的である。

 

 第二章 近代における一時的な声の文化の発見

 埋もれていた口頭伝承に目を向けたのはロマン派だった。だが声の文化の特異性に注目するにはホメロス問題を考えるのが最適である。『イーリアス』、『オデュセイア』は文字文化とはまったく異なるところで生まれたのではないかと推理したのが、ミルマン・パリイと若干の先駆者だった。

 パリイによれば、「ホメロスの詩に特有なほとんどすべての特徴は、口頭で組みたてられるという制作方法によって強いられるエコノミーによるものである」。これは口頭で用いられる六脚韻(hexameter)が詩を構成していることから推理された。

 「ホメロスは、あらかじめ出来あいの部品を綴り合せたのである。そこにいたのは、創造者ではなく、むしろ、組み立てラインの労働者だった」。

 声の文化できまり文句が多用されるのは、記憶媒体がないため反復して暗記する必要があるからである。この声の文化ののち、ギリシア人のあいだでアルファベットが内面化(interiorize)されるようになると、プラトンらの哲学がやってくる。

 現在でも、文字を覚えて間もない人びとが書く文学は、口頭伝承の特徴をたもっている。声の文化に生きる人間は、思考や論理もきまり文句的パターンにしたがって処理していた。マクルーハンは文字人間の誕生を論じ、自身の著作にも口語文化的な格言を用いた。

 声の文化の、両脳的なこころの特性……「内省を欠き、分析的な能力を欠き、意志そのものへのかかわりを欠き、過去と未来のちがいへの感覚を欠く」。

 

 第三章 声の文化の心理的力学

 声の文化ではことばに実体がないので、ことばを「見る」ことができない。われわれにとって声の文化を想像することが困難なのはそのためである。「音は、それが消えようとするときにしか存在しない……「とどまる」ということばを口にするとき、「まる」と発音するときにはもう、「とど」という音は消えている、そして、消えていなければならない」。視覚が得意とするのが静止画(われわれは物を置いてじっくり見る)のとは対照的である。

 声の文化にとってことばは力でありできごとである。ほぼすべての口語文化が声を魔術としてとらえている。名づけることはものに力を吹きこむこと、そのものを支配すること。

 ――知っているというのは、思い出せるということである。

 思考の足跡や結果をきまり文句や定型表現にして定着させるのはそのためなのだ。声の文化の特徴をオングは次の項にまとめる……

 「累加的addictiveであり、従属的ではない」わかりやすいのは創世記で、「そして」にあたる接続詞が冒頭だけで九つもある。このヘブル語原典にたいしアメリカナイズ聖書ではwhen,then,thus,whileなどの「分析的で推論的な従属関係」をあらわす語が多い。これは書かれたものに特徴的である。

 「累積的aggregativeであり、分析的ではない」、「美しい皇女」、「勇敢な兵士」などの定型句、対句の多用、スローガン的なことば。

 ソ連にはこの声の文化の特性が強くのこっていた。「十月二十六日の栄えある革命」など、「ソ連は、ソヴェト史におけるさまざまな重要事件のために、公式形容句official epithetをいまなお毎年宣言している」。

 「冗長ないし多弁的copious」、これは聴き手に理解させるためで、チャーチルやマコーレーの演説的文章にはその面影をうかがえる。「保守的ないし伝統的」、声の文化では古い知識をもつ長老が尊重されていた。文字ができることで老人の地位は下がり、新しい発見をする若者が尊ばれるようになった。文字もはじめは保守的なものだった、シュメールでは文字が条文の固定に使われた。しかし書くことは新しい思索を可能にする。「人間的な生活世界への密着」、「人と土地の名前は、行為と関係するかぎりであらわれる」。「闘技的なトーン」、常に聴き手、口論相手、罵り相手がいる。

 声の文化は、物理的な行為を、とくに熱狂的な暴力を賞賛する。文字が定着するにつれて内面の危機に着目されるようになる。「感情移入的あるいは参加的であり、客観的に距離をとるのではない」、「語り手は、英雄の活躍ぶりを述べるときに、たびたび、うっかり一人称で語ってしまうのである」。「恒常性維持的homeostatic」、ホメオスタティックとは、「現在のなかで生きており、その現在は、もはや現在との関連がなくなった記憶をすてさることによって、均衡状態あるいは恒常性(ホメオスタシス)のうちにみずからを保っているのである」。

 不用な過去、現在とかかわりのない過去、敗者の歴史は忘れられる。「状況依存的situationalであって、抽象的ではない」、読み書きのできない人間は円や四角といわず皿や鏡といった。抽象的な分類に関心を持たない。また、形式的、演繹的思考に興味をもたない。

 形式的・論理的・抽象的な質問はすべて書かれた文字に基づく思考である。これは声の文化の人間にはなじみのないもので、彼らはうまく答えられない。一方、なぞなぞやクイズといった意識下の知識に基づく、ずるがしこさを要求する設問が彼らは得意である。状況に即して考えること。徒弟奉公の風習が残る労働ではマニュアルはほとんどつくられず、もっぱら観察と練習によって技術が習得される。

 吟遊詩人はテーマと決まり文句を覚えて頭で再構成するものもあれば、逐語的に暗記するものもある。これが文字人間にはできないわざなのである。

――自然はどんな「事実」も語らない。なぜなら、「事実」は、人間が、自分たちを取り囲む現実というつぎ目のない織物を指し示すためにつくりだす言明のなかにしかあらわれないからである。

 声の文化にとって話しかけることは「働きかけ」である。アイルランドのコーク県では「つねに質問によって質問に答えるべし。ことばのガードをけっして下げてはならぬ」という神話がある。

 ベルセルクやアモク(東南アジアの狂戦士)は内面化をせず暴れまわる声人間の狂人という説もある。

「声の文化に特有な記憶が効果的に機能するのは、それが、「重いheavy」登場人物、つまり、記念碑的で、忘れがたい人物、だれもが知っているような公共性を帯びている人物を登場させるときである」。

 記憶に定着するためには、奇怪な、面妖な特徴をもたねばならない。視覚は分析的で対象をきりはなすが、聴覚は対象を体内に入れ一体化する。視界は自分の前方にしか広がらないが、音は全身を包囲する。

 シンボルは記号だったが、文字ははじめ記号ではなかった。ただことばを書き留めたものにすぎなかったので、店の看板やメモには図像が用いられていた。

「声の文化のなかで生きている人間が、ことばを「記号」として、つまり、静止している視覚的な現象として考えることはまずない」。

 ことばはすぐに消えるものである。これはサピアの説とは異なる、彼の場合ことばははじめにものごとを表す記号だった。

 声の文化はいまだにその影響を与えつづけている。

 

 第四章 書くことは意識の構造を変える

 書くことによって覚えは悪くなるとプラトンは批判したが、これはコンピュータに対する批判にも通じるものである。

 オングによれば漢字は絵に近いもので、習得に時間がかかるためエリート主義的である。漢字の利点は、それが表意文字であるため異なる方言同士でも字を書けば理解できることにある。

 アルファベットははじめセム語族によってつくられた。ヘブル語やアラビア語のアルファベットが母音を省略したのに対し、ギリシア語のアルファベットは母音と子音を完全に表記した。たとえばアラビア語・ヘブル語では、母音点は初心者や子供向けに振られるだけで、普通の文章を読むには文字以外の知識(単語の母音)を覚えていなければならない。ところがギリシア語はすべての情報を文字であらわすため、習得が容易である。曰くアルファベットは民主主義的な文字である。ハングルはもっとも合理的で覚えやすいアルファベットだとオングは述べている。

 ――つまり、アルファベットは、ほかのどんなスクリプトにもまして、音としての音を直接ひろいあげ、音を直接、空間的な等価物に還元している……

 

 初期に書くことが職人の技だったのは、まず書く道具が今のように便利でなかったからだ。はじめは自分で自分の声を口述するように書かれた。

 印刷が浸透するまで、人びとは自分の生活がある時間、日付、年代のなかで営まれているなどとは考えなかった。新聞もなかった。今が西暦何年か知らなくとも生活にはなんの影響もない。

 声の文化からまだ抜け切らない時代のイギリスでは、証書は剣や象徴と同じく見てくれが重要視され、偽造文書が乱造された。

 「神話が「人びとに」与える満足は、本質的には、表のようなしかたで「整合的にcoherent」整理されるものではないのである」。

 ――書くことは、つねに一種の話しのまねごとimitation talkingである……私的な日記というのは、きわめて最近の文学形態であって、事実、十七世紀までは、そのようなものは知られていなかった。

 書くことには話しかける相手がいない。

 声の文化から文字の文化への移行期には、レトリックと学術ラテン語が重宝された。レトリックは口頭弁論のために研究された。学術ラテン語は日常語と引き離されたものだったから、抽象的な思考の助けになった。このため近代科学の発展はラテン語なしにはなかったろうといわれる。レトリックとラテン語が衰退したことは、文字の絶対性が薄れたということである。いまや教育はレトリックとは遠いところにあり、論文は母語によって書かれる。

 声から文字へのゆるやかな移動が終わり、文字から次の文化への推移がはじまっている。

 

 第五章 印刷、空間、閉じられたテクスト

 書くことはことばを音から視覚空間のものに変えたが、印刷によってますますことばはもの(単位)となった。印刷物もまた、声を写し取ったものというとらえ方から、内容をもった物体そのものという概念へと移行していく。物体化したことばには著者と剽窃の観念がついてまわる。「独自性」「創造性」というロマン主義のスローガンもそのひとつである。ことわざ、格言から教科書へ。

 

 声の文化の人びとは、文字人間とは反対に、口頭でのやりとりを格式ばったものと考えていた。一方、録音テープからおこされた対談本や対話記事は、くだけたものとされている。エレクトロニクスに基づく第二の声の文化の時代は、前代とは性質を異にするものである。

 

 第六章 声の文化に特有な記憶、話のすじ、登場人物の性格

 人間は時間のなかで生きている。おこったことやおこなったことを話すことは物語を話すことである。抽象的な知識も実験や観察という経験に基づく。しかし声の文化の物語は、時間通りに語られることはない。はじめからおわりまで一直線に進むプロットができたのは、書くことが発明されてからである。

 平面的な人物と立体的な人物、プロットの頂点である探偵小説、外面的な行動を重視する声の登場人物から、推理、思考といった内面を重視する文字の登場人物へ。

 ニュー・クリティシズムもフォルマリズムも閉じられた活字の観念から生まれた。後期のロラン・バルトデリダはテクスト主義者とよばれ、自分の対象をテクストに限定する。

声の文化と文字の文化

声の文化と文字の文化