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うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『レイテ戦記』大岡昇平 その1

 牧野四郎ひきいる第十六師団はレイテ島の防衛にあたる。米軍がルソン島攻略をするつもりならここからはじまるはずだという。

 フィリピンはマゼラン殺害からゲリラの長い歴史をもつ。米西戦争でアメリカ領になり形式的には民主主義国になったが実態は資本家の植民地だった。日本が進駐したときには、大陸での圧制から既に悪評が広まっていた。米フィリピン軍や非降伏米軍、中国共産党によるゲリラ活動がはじまった。

 ――当時中国満州戦線には二〇〇万の大軍が常駐していたのに、太平洋戦線には一五師団二五万しかさけなかった……これは太平洋戦争の最大の戦略的矛盾で、十八年のガダルカナル撤退以来、日本軍が始終防御に立たされ、主導権を取り返すことが出来なかった理由のひとつである。

 「I shall return」の手前、フィリピン回復にこだわるマッカーサーと台湾攻略を優先するニミッツとのあいだで小確執がもちあがる。大本営は米軍に対しレイテ島での決戦を決定する。

 「双方の作戦を比べてみれば、案外互いに相手を見抜きあっていることがわかる。してみれば作戦なんて実は単純なものなので、双方の戦力の客観的状態によって、おのずから落ち着くべきところに落ち着くのである、ただそれを遂行する兵力補給の裏付けがあるかないかの相違に帰する」。

 海軍はマリアナ沖海戦で全艦上機を失っていた。海軍部と陸軍部のあいだで情報が交換されず、大本営は虚報を発しつづけた。アメリカ機動部隊がレイテの飛行場、船舶を攻撃することは必定だった。

 「もし陸軍がこれを知っていれば、決戦場を急にレイテ島に切り替えて、小磯首相が「レイテは天王山」と絶叫するということは起こらなかったかもしれない……一万以上の敗兵がレイテ島に取り残されて、餓死するという事態は起こらなかったかもしれないのである」。

 ――民主主義国家でも軍部という特殊集団には、いつも形骸化した官僚体系が現われる。夥しい文書化された命令、絶えず書き改められる指導要綱、「機密」「極秘」書類の洪水が迷路を形成する。

 レイテ島決戦を指揮することになったのは「マレーの虎」山下泰文大将である。

 「七五ミリ野砲の咆声と三八銃の響きを」再現することだけが死んでいった兵を弔う方法だと大岡は書く。レイテ島米軍上陸は昭和十九年十月十七日からである。

 二十日、沖から海岸に向けて一斉に艦砲射撃がおこなわれる。

 「兵隊の中には神経の鈍い、犯罪的傾向を持った者がいた。石のように冷たい神経と破壊欲が、あくまでも機関銃の狙いを狂わせないこともあった。与えられた任務を果たさないと気持ちの悪い律儀なたちの人間も頑強であった」。

 

 上陸はどこでも悲惨になるようだ。揚陸艇は立てこんで、海岸で詰まる。これで防御側からは格好の的になる。十字架山からの砲撃、待ちかまえる機関銃座からの射撃に米兵は大量の損害を蒙る。

 

 米軍はどうにか上陸し露営するが、夜通し聯隊からの斬り込みが絶えなかった。

 文体の小細工はなく、歴史の力だけでつくられている。小戦闘の経過は米軍記録の引用が主である。日本側のものはほとんど残っていないのだろうか。

 戦車への肉薄攻撃は対戦車爆雷を戦車の脇かキャタピラにつけてまた溝にとんぼ返りするというもので、決死隊といってよかった。古武者四年兵の小川伍長はレイテではじめて米兵を目にする。

 「バターンで見た米兵は、平らな鉄兜をだらしなく斜めにかぶった怠け者の植民地兵だった。あれから三年、自分の方はちっとも変わってないのに、相手は体つきもがっしりして、ひと廻り大きくなったように見えた」。

 米騎兵師団は騎兵と冠されているものの兵力は変わらず、ベトナム戦争のときには空挺師団となる。絶望的な差になった日本軍は白旗をあげてから反撃をするようになる。

 ――卑怯を忌む観念は戦国武士にもやくざの中にもあるのに、私が今日カイバアンの日本兵の物語をすると、大抵の元兵士は「うまくやりよったな」という。いつからわれわれはこうなってしまったのか。

 日本兵は米軍の物量を「卑怯」と感じた。敵とはいえ彼らも徴兵されたものたちである。

 レイテ沖海戦は史上最大規模の決戦だった。ここに「大和」「武蔵」をひきいる例の栗田艦隊が登場する。福留中将の援護も効果がなかったため、さっそく「武蔵」が沈む。艦長猪口敏平大佐は海軍砲術学校教頭だったが「大艦巨砲主義の主張の責任を取って、艦と運命を共にしたのであった」。

 ――空から降ってくる人間の四肢、壁に張りついた肉片、階段から滝のように流れ落ちる血、艦底における出口のない死、などなど、地上戦闘では見られない悲惨な情景が生れる。

 小沢艦隊と合流するはずだった栗田は全艦反転を命じる。

 「栗田艦隊の回頭の報を受けて聯合艦隊司令部は驚愕した。ここで艦隊にサン・ベルナルディノ海峡突破を放棄されては、捷号作戦全体の意味が失われてしまうからである」。この本では此島沖海戦と呼称している。レイテ沖海戦で徐々に聯合艦隊は追い詰められていく。

 戦記もいくつか読んできたが、地図上の進行線がはっきり思い浮かぶまで経過を把握できたためしがない。どこの部隊が動いた、だれの艦隊が足止めされた、こういうことが錯綜する印象しかない。おれの空間把握能力がないということだろうか。

 双方ともにパイロットの技量は低下していた。米軍も、「空母と操縦士の大量生産に訓練が追いつけなくなっていた」。米軍はハルゼーとキンケード聯合艦隊は栗田、志摩、小沢。

 「二十五日朝出現した事態は、強力なアメリカ艦隊は、四〇〇カイリ離れた戦線の二つの端に不必要な戦力を集中して、弱敵を攻撃しているということであり、その間隙から、日本艦隊の主力が進出したということであった。聯合艦隊の作戦が成功しかけていたのである」。

 ハワイに陣取るニミッツはハルゼーを激怒させた。

 ――……ハルゼー大将はいわゆる二兎を追うものは一兎も得ずという諺の実現者となり、海戦の決定的な瞬間に、敵と接触することなく、三〇〇カイリの海上を全速力で往復しただけという喜劇的役割を負わされることになったのである。

 長時間の海戦は艦長以下乗員皆に恐怖をよびおこす。恐怖は敵艦の幻を生み、波が魚雷の跡に見える。栗田の反転はこの恐怖と低下した士気からおこったものだろうと大岡は書いている。栗田艦隊はレイテ湾突入を止め、西村艦隊、小沢艦隊の犠牲もむなしく捷号作戦は失敗する。

 

レイテ戦記 (上巻) (中公文庫)

レイテ戦記 (上巻) (中公文庫)