うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『夜間飛行』サン=テグジュペリ

 危険な航空業務に従事する人びとの様子を書く話。

 

 夜間飛行

 南米のサン・ジュリアンからブエノスアイレスへ夜を徹して飛行する場面からはじまる。ジッドの序によれば航空会社は競争のために夜間飛行も辞さなかったのだという。夜の灯火、人間の火が注目される。

 支配人のリヴィエールは機械に殉ずる生き方を信じる人間である。その部下ルビノーは機械になりきれず業務に支障をきたすような馴れ合いをする。

 当時は双翼機の時代で濃くピットがむき出しだから、風が吹けばその寒さが直撃する。霧につつまれると自分の手元も見えなくなり、計器を照らす赤い灯火だけがぼんやりと見えるだけにまでなる。

 パイロットたちは人間世界から遠ざかり、空をとぶことでこれらを征服したのだと考える。

 老いた職工長ルルーは醜いため一生色恋とは縁がなかった。しかし彼は人生に満足していた。

 「この老人は、自分の過去の生活に対して、立派な板を一枚磨き上げた指物師の澄んだ満足「これで、仕上がった」というあの尊い気持を感じている」。

 リヴィエールも含め郵便にたずさわる人間に一般的な人間の生活はできなかった。

 「普通人間が最も強い執着を感じるものは、ほとんどすべて彼の関心からは離れてしまっている」。

 彼らは「人生の背景の裏側で生活してきた」。

 リヴィエールはあらゆる天候状況に関係なく、出発に遅れた職員にたいして懲罰を課すことにした。ルビノーはこれに従いパイロットたちを罰した。この規則が不合理であること、そしてそれを強制することが権力と制度を強化したのだった。この支配人の思考が脈絡なくあらわれる。

 ルビノーは操縦士と親しくしたことをリヴィエールにとがめられる。操縦士らを危険な航行に従事させる上で、親愛は邪魔になるだけである。航空会社のなかでは人間は機械の一部になる。

 ――僕は、自分が公平だか、不公平だかは知らない。ただ、僕が、罰しさえすれば事故は減少する。責任の所在は、人間ではないのだ。それは全員を処罰しなければ罰し得ない闇の力のごときものだ……

 天体の運行のためには人間一人の価値は考慮されない。リヴィエールもルビノーも部下を思いやってはいるが、それを表に出してはならなかった。

 ――僕は、自分がしていることがよいことかどうか知らない。僕は、人生にどれほどの価値のあるものかも、正義にどれだけの価値のあるものかも、苦悩にどれだけの価値のあるものかも知らない……

 人間の感情はときに行動に水を差す。

 「君は想像力が強すぎるんだ」、このことはコンラッドの『ロード・ジム』でも強調されていたことである。想像力が事実をねじまげ、恐怖を生み出す。

 「愛されようとするには、同情さえしたらいいのだ。ところが僕は決して同情はしない。いや、しないわけではないが、外面に現さない。僕だとて勿論、自分の周囲を、友情と人間的な温情で満たしておきたいのはやまやまだ……だが、僕は不測の事変に奉仕している身の上だ」

 

 ファビアンの乗ったパタゴニア機が暴風雨の颶風に包囲されて連絡不能になる。妻がかけつけて狼狽する。

 「感動は人命を救う助けにはならない」、この悲劇の妻は、リヴィエールの世界と対立する家庭的な世界・人生の代表者だった。

 リヴィエールは神にかわるものを望んで郵便の効率化に執着する。

 「個人的な幸福よりは永続性のある救わるべきものが人生にあるかもしれない」、人間の生命より価値のあるものとはなにか、と彼は自問する。ここで例に出されるのが、苦役により建設され、後代に残ったインカの遺跡である。

 ――彼は、民を導いて、砂漠の砂も埋めることのない場所に、せめては石の柱を建てさせたのではあるまいか。

 ファビアンの機体は暴風雨を抜けて雲の上方に浮かび上がった。この景色はすばらしかったが死を意味していた。

 「ロビノー君、人生には解決法なんかないのだよ。人生にあるのは、前進中の力だけなんだ」。

 

 ――勝利は一国民を衰弱せしめ、敗北は他の一国民を衰弱から鼓舞する。今度、リヴィエールが喫した敗北は、どちらかといえば、最も勝利に近い敗北だった。大切なのは、ただ一つ、進展しつつある事態だけだ。

 

 彼の時代にはまだ国家の光があった。また郵便飛行にも生彩があった。彼は人間を超える機械の存在を崇拝し、これに従属することを希望とする。しかしわれわれの時代にはそれは通用しなくなった。ユンガーは総力戦の死の舞いを神ととらえ、ベンは無意味でくだらぬものに姿を変えた神と戦った。この戦いは結局ベンのやけくそで終わったのではないか。

 リヴィエールの行動は冷酷だが尊厳があった。

 ジッドの前書きは、間もなく文明社会から勇気の存在が排除されるだろうことを指摘している。

 

 南方郵便機
 (略)

夜間飛行 (新潮文庫)

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