うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『ゴットフリート・ベン著作集1』 その4

◆自伝

 ベンの誕生から、詩人としての活動、ナチ党政権下での生活まで。特にヒトラー政権下での風景は笑える場面が多い。

 

 二重生活 ――二つの自伝的試み――

 第一部 一人の主知主義者の半生

 自らのもつドイツ精神の特質とはなにか。

 「生まれながらに独特の精神的問題性を保持し、それを生きている限り自己の責任において独自の形式で表現しないではおれないという性質である。つまりプロテスタント的であると共にまた芸術の条件ともなる特質である」。

 ベンはデモーニシュかつ形而上学的な北方精神だけでなく、地中海の気質を五十パーセントもっている。自分の先祖から自分の気質を推測する。これをベンは系譜学とする。彼の父方は生粋のアーリア、プロテスタントの家系である。母はスイス出身の生粋のフランス系であってベンはゲルマンとラテンの融合である。

 彼は神学や哲学は肌に合わなかったがカイザー・ウィルヘルム・アカデミーで医学を学ぶことができたのは念願の達成だったという。帰納法の栄光の時代は青年たちに「思考の冷たさ、冷静な思慮、概念のぎりぎりの厳しさ、すべての判断に対し証拠を用意する姿勢、仮借なき批判、自己批判、一言でいえば、客観的なものの創造的側面を教えてくれたのである」。

 卒業後軍医として勤務する。退官後、『屍体公示所』を発表する。

 軍隊で働いている間、「わたしは一種の内的な精神集中を始めた」。そこでレンネが生まれたが彼は「内的存在の絶えざる非連続を知るのみの男、人間と世界の間を隔てている深く果てしない神話とともに古い乖離を体験して、無条件に神話とその形象を信ずる人間」である。

 医師レンネに見るのは、「持続的な心理をもはやもっていない一人の人物である」。

 ――実在性とは、陶酔的なもの、げんなり疲れさすもの、動きの鈍いもの、ではあるまいか? 印象はどこで終わり、認識しがたきもの、つまり存在は、どこで始まるのか? ……「ときに、汝が真に存在する瞬間がある。その他は単なる出来事にすぎない。ときに、二つの世界が高まって、ひとつの夢になる」

 二つの世界、自我と自然が高まるとただ夢ができる。動物的なものと、ますます純化する思想のあいだに共通項はあるのだろうか? レンネはそれがどこかにあるだろうと考える。それが芸術である。やはり最終的な答えは絶対芸術らしい。

 もう一人の創作人物パメーレンはもはや自我をまったく信用しない。

 「そのために、彼は全くありそうもないことまで吟味し、一切を測定する。だから測量主任なのである」。

 彼は「概念的なるものを渇望する狂水症的発作」に苦しむ。西欧文明が祭ってきたすべての概念的なものはただの譫妄となっていた。

 「この市民的世界、資本主義的世界、日和見的、予防的、防腐的世界の皮膚の凋悴」。

 ――人間の内面はずたずたに分断されているが、外面もまた、蛆虫や榴弾によって、かつてなかったほどに、蝕まれてしまっている。腐りかかり、酸敗し、ガスがたまり、網棚に載っているのは、酸化し錆びついたスローガンがいくつか……しかし、守り抜き、戦いとらねばならぬもの、それは表現なのである。

 表現主義者ベンの信仰告白……「新しい人間が生まれ出て来ているからだ。それはもはや、情緒的な存在、宗教性、人文主義、宇宙的解釈としての人間ではなく、一切の衣裳をぬぎすてた形式のみを孕んだ人間である」。磨きぬかれた表面の世界がはじまる。

 「――心理ももうたくさん――形式的なものが来ればいい、かりそめのもの、軽やかな翼が来ればいい、平たく軽やかに打ち延ばされ、紺碧の空の下に漂うもの、アルミニウムの表面、すべて表面的なもの、――様式! ――要するに、外面に向かって層を成した新しい世界が来ればいいのだ」。

 人間を覆う繊毛は印刷された黒い文字の名詞にのみ反応する。それは「自然と精神の間の中間層である」。数世紀前の自然詩人とはまったく異なる。

 「一冊の書物、いや、無数の書物を手当たり次第紐解いて見ると、さまざまな時代が錯綜し、素材や視点は混乱し、広い類型学的な層が開ける。これこそ新しい地平が恍惚とほとばしり出る端緒なのだ」。

 「言葉、言葉――それも名詞!」、言葉そのものの力を用いよ。

 「没落に満ち、再生に満ち溢れた詩句、個体の凋落と大宇宙の存在が共存する詩句こそ、超越的な実在である」。

 二十世紀の初めの三分の一を貫く問題点は現実、形式、精神である。市民世界は芸術と主知主義から目をそらす。この二つがベンによれば時代の決断なのである。

 「芸術は文化ではない」。

 教養、教育、文化などという市民的な泥と、芸術とは、異質のものである。文化は土を耕し種を蒔きはするがそれ以上のことはしない。

 「これに対し、芸術の担い手は、統計的にみても非社会的であり、自分の前後の何ごとをも意に介さず、ただ自己の内面の素材のためにのみ生き、そのための印象を自己の内面に蓄積する」。

 あるとき彼は爆発する。彼は広く普及させたいという平面的なつまり文化というものにはまったく関心をもたない。受容されるかどうかを気にかける小説家は文化に近い芸術である。

 貧乏詩人は断固たる芸術の担い手だという。

 「過去五世紀の芸術の大部分は精神病者とアルコール中毒患者、異常者、浮浪の無宿者、貧民院の住人、ノイローゼ患者、変質者、とんがり耳、喘息もちたちによって上昇の道を辿ったものなのである」。

 唯美主義者によく見られる奇人崇拝の傾向があるようにみえるがそうではない。

 ――しかし、この事実は決してそのまま豚のような不潔な連中や、浮浪者どものための免罪符ではありえない。大きな鼻をつき出して見せたところで、これが芸術家の身分証明書であろうはずがない。

 ニヒリズムの蔓延する時代に、芸術以外になにがあったろうかとベンは書く。

 「主知主義とは、この世を冷たく観察することである。この世はこれまで、あまりにも長く、牧歌と素朴純真な心で暖かく観察されてきたが、その成果はむなしかった」。

 簡単に言えば考えることであり、「世界を概念に移し換え、世界および自らを概念の中で浄化する以外に、この世界から脱出する道を見出しえぬ、ということなのである」。ありのままに自然を体験するなどということはありえない。

 スペイン哲学者のオルテガに言及する……「先進文明とは解決困難な諸問題と同義だ」。物量戦ならぬ物量文明、物量国家、物量民族にかれらは圧倒される。主知主義にたいする抵抗勢力のおもなものが市民文学である。「自らの世界像を明確に言語で表現しえていない作家を、ドイツでは予言者と呼ぶ」。概念とは客観的な精神であり打ち立てるのに多大な努力を要する。脆弱、主観的なもの、空虚さは概念から逃げていく。

 木材繊維工業(出版業)。彼は二、三週間以上の休暇をとったことがなく執筆のための自由な時間をもつこともなかった。

 「これでも今日ヨーロッパに存在する贅沢と自由の最もたるものなのである」。

 ヒトラーと彼についていく若い世代への警告や、アーリア人としての潔白を主張する節、人種ということばが出てくるのは、これが一九三四年に書かれたからだった。

 ベンは幻滅してからははっきりと反体制的な文章を発表していた。

 主知主義構成主義、様式をこそ尊重せよ。