うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『ゴットフリート・ベン著作集1』 その2

 ニヒリズムの次に来るもの

 

 「漸層的脳髄進化現象」とはどういう現象か。

 ――著者は自問する、すべてを科学的に定義して行こうとする世界像に対して、われわれは今なお、創造的自由をもつ自我を主張しうるのか、と。

 「構成的精神」とは一切の唯物的思想から解放されるための原理である。漸層的脳髄進化現象とニヒリズムは十八世紀から共に歩みをすすめてきた。脳髄進化現象とは人間の知性化つまり脳髄化を指すもので、ベンによればこれは情緒から概念への移動を意味する。

 ニヒリズムについて……自然を神ととらえたゲーテが死んだ前後から、こうした世界が崩壊し、「人間以外の存在に対して何の責務も感じない世界像が生まれ出てきた」。「人間は体験によって自分が世界の中に本来的に組み入れられているのを知る。人間は概念でもって世界を超克する必要はない」とゲーテは言ったが、この超克がかつてはじまったのだった。マイヤーのエネルギー保存則とダーウィンが新しい功利主義的人間を生産した。

 人間は善なりという思想がうまれた。近代以前は「己の限界を身に滲みて感じたればこそ、人間は、見果てぬ想像上の完全なるもの、荒廃せる地上の彼岸にある永遠の世界に帰依していった」。人間が善だとすれば悪いのは環境か社会か血統である。

 ――あらゆる運命的なるものの無価値化、あらゆる非合理的なるものの無価値化であって、ただひとえにもっともらしいもの、平俗なるもの、ただこれのみを重んずべきということなのである。

 この「人間は善」というのは理想とか道徳ではなく事実なので人間は邁進したり闘う必要がない。

 「人間のために戦ってくれるのは、党や社会や時代や大衆であり、人間はただ生を享受すればよいのである」。

 結果、すべての価値の平均化がおこり、ニヒリズムが生まれた。ドイツではっきり姿をあらわしたのはニーチェによってである。会員第一号は『父と子』のバザーロフである。しかし彼は真性ニヒリストではなく、熱狂的な進歩信仰者、機械論者である。

 「ゲーテより靴屋のほうが偉大」というような唯物論は一八六〇年代には成立していた、ということは「実際は古くて、保守反動的なものなのだ」。ニヒリズムを超えるのは(ニーチェとは異なる意味での)超人である。

 精神を生の上に置くこと、このことがニヒリズムを超えるきっかけになる。

 「ニヒリズムの体験のすべての悲劇を、精神のもつ形式的構成的力の中へ移し入れ、ドイツにとって全く新しい形式のモラルと形式の形而上学を造形的に鍛え上げるのだ」。

 それがどういうものかは不明である。

 ――空間感覚はもはや抒情的にもの淋しく集積されるようなものではなく、平面に放射され、折り返され、金属的に表面化されたものなのである。表現主義、シュール・レアリスム、精神分析などなど多くの傾向は、われわれが生物学的には神話の再興に、大脳皮質的には機械的放電論理と純粋表現による構築に、向かっていることを暗示している……原始の、永遠の人間は、根源的な一神論者であって、黄金の兜をつけた自らの最終の像のまえで燃え上がる。

 究極の公式たる構成的精神とはなにか。「次に来るのは技巧的な世界観だ」。「価値喪失、無気力、陶酔、錯綜したなぞ」からの出口は「形式の法則」と名づけられる。「鍛え上げられた形式の絶対性、その直線的純粋性と様式上の完璧性」、「形式的なるものの最後の緊張」、「構成的なるものの非物質性の極限」こそが、ニヒリズムの次に来るものであるとベンは言う。

 解説によると、「虚無を形式の中で客観化して、芸術に昇華させる」とあるが、言葉の上で片付けているようにも感じられる。結局誰も答えられないのだろうか。

 

 亡命文学者に答える

 ナチス時代に国内亡命をおこなったベンの答弁。

 「ドイツの出来事については、ドイツの内部でそれを体験した人とのみ語り合うことができるということです」。「外国へ逃げて行った人びとは、民族というとても馴染めない概念が、思想としてではなく体験として、抽象的にではなく簡単な自然のままに、自己の中に生長していくのを感じる機会、これを逸してしまったからです」。

 ――歴史はフランスの湯治場でことのほか活発に動いているとでもお考えですか? ……円形アーチか尖頭迫持かを投票で決めたとか、寺院の壁×を円形にするか多角形にするかを討論したとでもお考えですか? 歴史をこのように小説的に捉えるのをいい加減に卒業して、歴史とはもっと基本的な、突発的な、不可避な現象だとお悟りになるなら、あなたは更に先へ前進なさるだろう、とわたしは思います。

 亡命詩人曰くベンは「最初に非合理的なるものへの信仰告白、次に野蛮へのそれ、そして突如、アドルフ・ヒトラーの陣営に加わっている」。

 「非合理的とは創造に近く、創造力のあるものですのに」。ベンは言う、人間は何よりもまず神話的であり、幽遠なるものだ。

 この文章を読むかぎりではベンは完全に政権側のようだ。

 「労働は突如、くびきとしての汚点、プロレタリアの苦悩というここ数十年荷なってきた刑罰的性格を捨て去り、今や新しい自己を形成する基礎、階級を解消する共同体の基盤となったのです」。「しかし、わたしは個人的にはっきりと、新しい国家に味方することを言明します」。

 ニーチェ曰く「人間がますます矮小化してゆくことこそ、まさにより強き種族の育成に考えをいたす駆動力である。更にまた支配者の種族はただ恐ろしき暴力的な発端からのみ育ちうる」。

 この声明文はラジオで読み上げられたが亡命文学者とはクラウス・マンのことだという。一九三三年には、ベンは明らかにナチス体制に参加していた。

 

 ドーリアの世界

 ナチス肯定の時期の最後に書かれた芸術論。ヨーロッパをつくったのは、自然をただ拡大した諸民族と、一つの様式を形作った諸民族である。ギリシャはかつて晴朗で健全な文明であったとされていた。

 しかし「古代社会は奴隷の骨を土台にしていた……プラトンアリストテレスも、奴隷を劣等な存在と見、裸体の事実と見ているだけである」。

 ――奴隷は毎年、規則的に理由もなく叩きのめされ、酔っぱらわせては嬲りものにされ……奴隷の数が増えすぎると、夜陰にまぎれて殺害が断行された……ときには、発育盛りの子供を、郊外の道端に待ち伏せさせ、夕方遅く家路に帰る奴隷を襲って殺害さすのも、教育のうちであった。血に馴れ、早くから腕を磨くのが教育であった。
この戦闘と決闘と競技と立像のための空間がギリシャ的空間である。またギリシャの軍人は実際には狡猾で陰険であった。

 「ただ一つのモラルだけが存在した。内に向かっては国家、外に向かっては勝利」。

 アテネは極端な種族主義(純血主義)をとった。このような世界で「権力と芸術が完成する」。

 なかでも突出しているのはドーリア的精神、スパルタの精神である。

 「彼らの夢は淘汰と永遠の青春、神々に等しからんこと、偉大なる意志、この上なく強固な貴族的種族信仰、自己保存をはるかに越えた種族全体に対する配慮である」。

 スパルタ人は幼少時から武人として訓練を受けたが彼らは常時戦時体制のなかに生きていた。衆道のような風習もあったという。

 ――プラトン、クリュシッポス、詩人ティモクレオンは初め格闘レスラーであったし、ピタゴラスは拳闘で賞金をえたことがあるといわれ……

 「偉大な体躯がすべてであった」。「ヘラスの運命概念もドーリア的である。人生は悲劇的だが、節制によってこの悲劇は緩和されるとする」。運命をおしのけて、人間が登場しヒューマニズムがおこるのはエウリピデスからだがこれは堕落であるとベンは言う。「お前はおしゃべりを教え、舌先の器用さを教えた」、「すべてが日常的なもの、つまりバーナード・ショーのいう凡庸となる」。

 ドーリア精神と、エウリピデスの称揚する善、正義、徳、教養などの普遍的概念とは対極のものである。

 「ドーリアの世界はギリシャ最大の倫理、古代を代表する倫理、つまり決定的な秩序と神々に由来する権力であった」。

 このスパルタの権力が彫刻と音楽を完成させたのだ。彫刻は次第に深みをおびて偶然性を失うがそこにあらわれるのは「法則であり精神」である。「ここでは事実、権力から芸術が誕生したということができる」。ギリシャ人は同時に原始的で陶酔しやすい民族だったが彼らは芸術を生み出すことに成功した。

 ここまで権力と芸術の並立を立証してきたが、ベンはしかし芸術は孤立していると言う。そして芸術のもっともたる特性はその形式・様式であるとする。

 ――芸術は本来孤高の世界なのだ。芸術は自律的なもので、自己自身以外の何ものをも表現しない……何ものとも平行関係になく、全体が一つの様式なのである。

 芸術は地質学や植物学とは異なり、「反自然的」に様式を生み出すのである。

 「芸術とは理念的存在を素材の中へ移入する戦いであり、深部まで究めたのちに素材を解体し、形式を孤立化することである」。

 ――ここでいう形式は決してドイツ的市民的意味での倦怠、希薄、空虚を意味しない。それは巨大な人間的力、力そのもの……

 ――様式は真理を凌駕し、自らの中に存在の証明を担っている。

 絶対芸術・形式、「芸術の中に外的なものが存在する」ことが不可能なこと、この信念は最後の最後でナチスを裏切った。