うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『プレクサス』ヘンリー・ミラー その2

 

 引き続き貧乏生活は続く。

 「ぼくが生活について無力なことは自他共に認めるところだ」。

 ミラーは散文詩『メゾチント』を自分の知り合いに売りつけて回り、ロングアイランドの精神病院の院長にでたらめな署名で、電報にして送った。

 ネッドの紹介で雑誌界の大物マクファーランドに会い、小説を書けといわれる。

 「しかし、勝手な書きかたをされては困る。いいかね、ついいましがたしゃべった口調そのままに書いてもらいたい……ただ注ぎ出すのだ――楽に、自然に――友達にしゃべるように。このわしにしゃべるつもりでもいい」、旅は若いときに限る、なるべく金は持っていかないことだ。

 「年をとるにつれて、生活がおのれの意志とは関係なく勝手に進行するように思われることだ。つぎになすべきことは何かなどということを議論してもはじまらないんだな。はじまらないから、つい、ぶつくさ不平ばかり鳴らすようになる」。

 瞑想的な生活と馬鹿騒ぎの生活。精神に異常をきたしたオシエッキが、さらに輪をかけておかしい婚約者ラウエラをつれてくる。

 「ぼくらは口出しする勇気も能力もなかった……もし屍体がものを言えるとしたら、彼女は、まさにものいう屍体であった。唇が動いて音声を発しているのを除けば、まるで無生物同然だった」。

 

 極貧の生活はオーウェルの『パリ・ロンドン放浪記』に近いものがある。子供のころ、カトリックの少女に「聖処女マリア」の処女とはなにかとしつこく尋問した。アメリカにおいてキリスト教は根強いものだったが、ミラーはそれがまったく理解できず、たわごと、狂信にしか感じられなかった。

 ミラーはユダヤ人とつながりが深い。

 「クロンスキは名案を思いついた。このぼくをユダヤ人に仕立て上げようとしたのである……この驚くべき事実――ぼくがユダヤ人だということ――を告げたとき、クロムウェルは、まるで反応を示さなかった。ぼくがスー族の一人であろうが、エスキモーであろうが、そんなことは、どうでもよかったらしい」。

 クロムウェル氏の仲介で、ミラーはハースト系の新聞のコラムを書くことになっていた。

 オランダ系やドイツ系の寄り集まったニューヨークの下町でミラーは育った。ボクシングは大きな存在だったようだ。彼のかつての親友オットーは、オットーがもっとも軽蔑していた父親とおなじケチなオランダ人になっていた。いとこのジーンは郊外のまずしい生活にうちひしがれていた。ミラー曰く、郊外は死んでいる。郊外に住むと同じ本を繰り返し読むしかなくなる。

 ミラーとクロンスキは気の違った外科医のふりをしてクロムウェルを酔いつぶし、「アル中の馬車屋」といった体でタクシーに押し込む。銀行家なので金はもっていた。工芸研究所のドクター・カール・マルクス。これでも、ミラーは三十路をすぎている。

 クロムウェルとジョージ・マーシャルらの登場する悪夢が何ページも続く。その後、家賃滞納で紳士である大家さんに退去勧告され、鬼婆の管理するボロアパートに引っ越す。鬼婆はシリア人にたいする偏見に満ちていて、モナとそのシリア人の友人をののしった。ミラーはそこを夜逃げする際に、友人スタンレーの息子二人の協力を得て、アパートの部屋をインキと調味料でめちゃくちゃに荒らし、家具を完全破壊する。

 ――子供たちは、この機会を待ちかねていたとみえ、ものすごい勢いで行動を開始した。十分もたつと、部屋じゅう……ケチャップ、酢、芥子、メリケン粉生卵などが、もうこれ以上塗る余地がないほどあらゆるものに塗りたくられた……スタンレイとぼくは、このほうはおれたちの仕事だとばかりテーブルの上に立ちあがって、ケチャップと芥子粉と、あらかじめ濃い糊状にしておいたメリケン粉と雑穀粉とでそこらじゅうを飾り立てた……

 「破壊となると、とどまるところを知らないんだ。ポーランド人というのは、根が冷酷なんだな。ロシア人だって、この点では一歩をゆずるだろう。ポーランド人は笑いながら人を殺す。人を苦しめるときには楽しくて昂奮してしまうんだ。それがポーランド人気質というものさ」

 セリーヌ、ミラーといった人物は年をとっても暴れている。

 メーテルリンクをふたたびミラーは読む。『知恵と運命』。ハムスン『神秘』は数回言及される。