うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『裸者と死者』ノーマン・メイラー

 太平洋戦争における米軍と日本軍との戦闘を題材に、軍隊組織の性質について考える小説。


 アノポペイ島に上陸する前夜、夜明け前の輸送船から話ははじまる。主人公はレッドという北欧人で、長身痩躯である。彼と敵対するのが脳みそも筋肉でできている好戦的なクロフト軍曹、それに取り入るスタンレーやマーチネズである。上陸後、なんども喧嘩がおこりそうになる。臆病者のヘネシーは漏らした糞を海岸に捨てに行って、日本軍の臼砲にあたって死ぬ。

 文章は細かいリアリズムからなり、長い。

 アメリカ軍の内部は複雑である。ユダヤ人と反ユダヤ主義者、メキシコ人(メックス)、インテリと無教養な人間、とくにロスやハーン少尉といったインテリの心理が細かく書かれている。メキシコ人は戦場で英雄にはなれるが、かといって完全無欠の白人プロテスタントになれるわけではなかった。

 「混沌の好きな唯一の人間は、この自分、つまりハーンのように、じっさいにそれにまきこまれていない人間だけだ」。

 カミングズ将軍は勇敢であり、また老獪である。前線をつくるのは大変な作業で、鉄条網を敷いたり電話線を配備しなければならない。

 対戦車砲の運搬はまさに地獄の肉体労働である。夜の密林、泥でぐちゃぐちゃになった道を、交代で運んでいく。将校は目的地を間違える。疲労困憊の絶頂にあるときは、もはや誰がさいしょに大砲から手をはなして滑落させてしまったかなどはわからない。誰も覚えていないので、ユダヤ人のゴールドスタインがクロフトから叱責された。

 前線に配備されたクロフト、ギャラガー、ウィルスン、トグリオらは、上陸後はじめて日本軍と戦闘する。日本軍の姿は斬り込みをはじめるまで見えず、機関銃と大砲の応酬がつづく。

 クロフトはテキサス出身の猟師で、「弱さを憎悪し、そして、ほとんどなにひとつ愛さない」。

 カミングズ将軍の作戦は首尾よくいっていた。

 ――「日本軍は、作戦中ふさぎこんでいて、なんにもしやあしない。やつらは、ぼんやりすわりこんでいらいらしている。そして、緊張があまりに激しくなりすぎて、ついに破裂してしまうだ」。

 「国家は、国家がもっている人的資源と物的資源の量に比例して、戦いに強くなる。それから、もうひとつの方程式は、その軍隊の個々の兵士は、それまでの彼の生活水準が貧しければ貧しいほど、いよいよ有能な兵士となる」、「南部人の一個連隊が、東部人の二個連隊に匹敵する……」。

 上官への恐怖と憎悪は、敵に向けられ、大きな力となる。軍隊が敗色濃厚になるまでは、機関銃が自陣にむけられることはない。将軍曰く、軍隊に自由主義はいらん。ましてやマルクス主義など。機械への屈従は自然のものではないので、どうしても恐怖が必要になる。

 ――「もし神というものがあるとしたら、それはちょうどわしのようなものだ」「つまり、公分母をもちいる、というんですか?」「そのとおりだ」

 

 日本軍の屍体を物色して、金歯や木箱をもっていこうとする。密造ウィスキーと反ユダヤ主義によって、クロフトの部隊は結束する。

 インテリは軍隊では異質な存在だった。

 「どいつもこいつも、世渡りのための友あさりだ」。

 軍隊に編成されると、アメリカ文明のあらゆる要素は彼ら兵士に背負わされ、おたがい衝突する。日系人ワカラは日本兵の屍体から日記を手に入れる。イシマル少佐は詩人で思索家だった。曰く、日本にはそのような人間が多いが、「彼らの多くは群衆的な有頂天の激発、まるで部族的な逆上のうちに死んでいったのだ」。

 

 ――美しい外観の裏は、いっさいが不毛であった。彼らの生活は、ただ労苦とあきらめの生活であった。彼らは、抽象的な技巧を丹念につくりあげ、抽象によって考え、抽象によってかたり、けっきょくなにひとついわないための、複雑きわまる儀礼を考えだし、目上のものにたいして、かつて人間が感じたこともないほどの激しい畏怖をいだきながら生きている、抽象的な国民だった。

 宝石を見張るみすぼらしい番人の国。アメリカ人にとって、日本人は牙をむいた愛玩動物だった。

 いちど前線陣地を構築すると、兵士たちは危険をおかして進軍する士気を失う。カミングズ将軍は彼らが操縦不能になっていくことにあせっていた。カミングズ曰く、人間の根源的な衝動とは全能である。潜在的なエネルギーをもった国はやがて運動をはじめる。その「運動のエネルギーとしての国家は、組織であり、整合された努力であり、きみの形容をかりれば、ファシズムである」。物量に制限のあるドイツではこれは成功しなかった。

 ――いったん権力なり、資材なり、軍隊なりを創造すると、それは自然と萎縮してしまうものではない。国家としてのわれわれの真空は、解放された力で満たされているんだ……過去一世紀にわたり、全歴史的作用は、ますます偉大な権力の強化に向かって働いていたのだ。

 アメリカがその権力のかたまりを建設しつつある、そしてアメリカは今大戦で自らその力を自覚したのだと将軍は言う。

 ――人間はけだものから神への過程にあるのだ……未来の唯一の道徳は、権力の道徳であるということ、それと調和しえない人間は、滅びねばならぬということを、わからせようとおもったのだ。権力にはひとつの特徴がある。それは、上から下へむかってしか、ながれることができない。中間にかすかな抵抗の波がおこったら、その抵抗を焼きはらってしまうために、いっそう多くの権力を下にむけさえすれば、それでいいのだ……軍隊は未来の試写だと見ることができるよ、ロバート。

 ハーンは中西部の田舎からハーバードにやってきたのだった。はじめ彼は孤立して、厳格なスケジュールを組んでひたすら独学する。やがて小説を書き、共産主義運動に足をつっこむ。経営者の父に反発していたのだった。

 ハーンはマーチネズにナイフだけを持たせて斥候に出した。マーチネスは敵陣の深くに入りすぎたので日本兵のひとりを殺して退却した。それを聞いたクロフトはたくらんでハーンには何も見なかったと報告した。翌日進軍した小隊は日本兵に迎撃されてハーンは胸を撃たれて即死した。こうしてクロフトはふたたび小隊の支配権をにぎったのだった。インテリは敗北してしまった。

 

ノーマン・メイラー全集〈第2〉裸者と死者 (1969年)

ノーマン・メイラー全集〈第2〉裸者と死者 (1969年)