うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『軽い帝国』マイケル・イグナティエフ

 「本書は介入後に秩序をもたらそうとする帝国が直面する問題に焦点を当てた」。

 介入側の権益、地元住民、そして地元指導者層の対立に着目する。

 

 第一章 序論

 帝国の自覚を長い間持たなかった帝国、「直接統治の重荷と日々の警備のリスクを伴わないグローバルな勢力圏を手に入れた帝国」、これが軽い帝国である。

 ボスニアコソボアフガニスタンでの国家建設事業を通して、軽い帝国の支配を考える。帝国というのは記述的用語であって、非難の言葉ではない。ローマも、大英帝国も、軍事力はあったが、覇権は届かなかった。

 ――アルカイダによるマネー・ロンダリングは、シエラレオネリベリアアンゴラ、そしてコンゴの紛争ダイヤの輸出をコントロールするレバノンのビジネス・サークルまでたどりつく。

 紛争ダイヤとは、武器購入などに用いられる紛争地域出のダイヤモンドである。ギボン曰く帝国は拡張しないかぎり存続する。911を評して、ツェラン曰く「蛮族自身がある種の解決策である」。

 「プライドと思慮分別を均衡させることができない帝国は衰退する」。

 テロリストはイスラム教徒の不満をハイジャック(強奪?)し、平和的解決を不可能にした。彼らはみな代弁者を装う。テロリストとアラブ諸国との同一化は、深刻な現象である。

 アメリカへのテロは、原理主義勢力と親米政権(サウジ、エジプト)との戦いのあらわれでもある。列強からの独立後、とくにイスラム諸国は以前にまして劣悪な国家となった。

 「アメリカは、人民を裏切り、虐げられた人々の民族的な願望を抑圧する体制と緊密な関係にあるために嫌悪の対象となる」。

 とくに中東では、イスラエルの支柱アメリカは非難される宿命にある。

 ――だれも帝国など好きではない。しかし、ある種の問題については帝国的な解決策以外にはまったく途が閉ざされているのだ。

 技術とテロリズムの融合により、地理的に有利であるというアメリカの砦が崩れてしまった。これからは、どこに投資すべきかを考えるのが難しくなる。アフガン経営は失敗した、反ソ連抵抗勢力を支援したあと見捨てていなければ、アルカイダの温床にはならなかっただろう。ビンラディンはかつてアメリカのもとで戦ったイスラム戦士(ムジャヒディーン)の一人である。

 ある歴史家が大英帝国を評して「明確な戦略が不在のまま強大化していった」。ロシア撤退ののち、パキスタンタリバンを通してアフガニスタンを牛耳った。

 大戦以降、ヨーロッパは徐々に武装解除し、軍事力はアメリカに委譲したに等しかった。軍事への信仰が終わると、「戦士の名誉」といった概念をいまだに持ち続けているのはアメリカのみだった。アメリカはヨーロッパを敗北主義の臆病者とみなし、ヨーロッパは彼らを馬鹿で好戦的な国だとみなした。

 ヨーロッパは911によって軍事力が国家にとって欠かせないということを再確認させられた。アメリカは、アフガン介入の際、「同盟国をほとんど信用せず、イギリスを除く他のヨーロッパ諸国には、あまり重要な意味をもたない治安活動以外にはまったく役割を与えようとしなかった」。

 人道主義の帝国。アメリカは国連のような国際秩序に統合されるのではなく、国際秩序やヨーロッパがアメリカの意向に沿うように利用される。一方、最終的にロシア、中国はアメリカにとって脅威となるだろう。

 かつての帝国主義は自治を先延ばしにすることも問題がなかった。だが新しい帝国主義はそうではない。

 「地元社会のエリートは、全員近代ナショナリズムの産物であり、近代ナショナリズムの中心にある倫理的信条は民族自決だからである」。

 整備がおわればとっとと国民に権利を委譲しなければならない。そしてその政権も、アメリカの下位主権なのである。これら諸国は「帝国の非公式の保護領」である。

 帝国は帝国であるからには責任を伴わなければならない。帝国はいまや民主主義の前提となった。日本、ドイツがそのはじめである。

 「我々は、地域文化と伝統を尊重すると主張するが、かつての帝国主義者がそうであったおように、内心ではそれを蔑んでいる」。

 

 第二章 橋渡しをする人

 クロアチア、ドブロヴニクのモスタルの橋(世界遺産)。これはこの町(モスタル)の象徴であったが、ボスニア内戦のとき破壊された。その後再建された。この再建はムスリムクロアチア人の憎悪を考慮してフランス人技師により行われた。フランスやオスマントルコにとって、技師はとても重要な存在だった。

 デイトン和平合意以降、ボスニアではインフラの再建は進んだが、精神的な復興は遅れた。国連による復興支援はほとんど指導者の奢多に使われ、国土はいまだ無法地帯、橋こそ直ったがムスリムクロアチア人はいまだ別の生活を営んでいる。多文化主義社会の再建というのは言葉とちがって実際は簡単ではない。

 「モスタルの物語のもっとも過酷な教えは、橋の美しさは、狂気の前ではまったく無力であったことだ。我々は、美が死と分裂への呼びかけに抵抗できると信じたい」。

 

 第三章 帝国主義者としての人道主義

 コソボアルバニア系住民とセルビア人との対立はいまだ続いている。正教会穏健派の指導者サヴァ神父とアルテミエ主教。この二人には、アルバニアの殺人部隊からだけでなく、セルビア人からも圧力がかけられている。

 ――地域社会の指導者である彼らが直面するジレンマは、国際社会の意に従順であればあるほど、地域社会からの信頼が減り、そしてその結果として、最終的には、国際社会にとってもあまり役に立つ存在ではなくなってしまうことだ。

 「もし、迫害の被害者であった人たちが、新たに与えられた自由の下で、かつて自分たちを迫害した人たちを迫害するようになるならば、迫害された人たちの解放の手助けにどれだけ意味があるのであろうか」。

 人道的介入のシナリオには高貴な犠牲者というものが登場しなければならないはずなのに、である。

 赤十字はたとえ虐殺を目撃しても中立性の立場から沈黙しなければならないことになっている。アウシュビッツやナイジェリアの餓死政策では共犯者のようになってしまった。クシュネルは国際赤十字に対抗して「国境なき医師団」を設立する。この団体は「人道的な中立性と慎重さという原則を全面的に否定した」。クシュネルはナイジェリア政府の行動を批判した。

 ――彼らは彼らが見たものを糾弾した。そして、もし現場の状況について正直に話せないならば、彼らは悪の共犯者になることはなにがなんでも回避しようとした。これは高貴な感情ではあったが、その代価を支払わねばならなかった。それは、組織の良心を、犠牲者の要求の上位におくかたちとなった。

 暴君を批判した場合、犠牲者への援助の途が閉ざされることが多い。政治を超えた人道主義か、人道主義もまた政治であるのか。人道主義者は束縛から離れた「人道的空間」で生きることができるのか、これがクシュネルによって否定された考えだ。

 だがこの政治的人道組織も、ボスニアで致命的な弱点を露呈してしまった。軍事力なしにはなにもできない場所だったのだ。

 「ボスニアは、戦場の真っ只中では、政府から独立した非政治的な人道的活動などありえないことを白日の下に曝した」。

 「かつて人道主義の共犯問題に反抗した若き医師は、いまや平和の樹立と国家建設という帝国的な事業を推進する地方総督となっていた」。

 帝国によって紛争地域の治安を維持し、見返りにそこからの犯罪、麻薬などの流入が阻止される。人道と国家の融合、人道とメディアの融合……「画像なくしては、大量虐殺は存在しない」。

 クシュネルは自己イメージ戦略に長けた政治家タイプの人間だった。すべてを自分の問題と受け止めることは、弱点でもある。アルバニア人の憎しみはいまだ根強い。セルビア語をしゃべった国連職員が一人殺されたことがあった。チトー以前の状態、アルバニア人とセルビア人を分離して生活させるしか、解決の方法はないだろう。

 

 地元地域社会のナショナリズムと国際的な帝国主義との対立、地元の指導者と国際社会との対立。コソボの後進性はまだ当分改善されそうにない。

 

 第四章 軽めの国家建設

 アフガンでの国家建設。帝国主義というのは19世紀以来忌み嫌われ、悪の代名詞となっている。だが、一国の崩壊という状況を立て直せるのは、より大きな力、帝国による経営だけなのである。人道による国家建設事業とは新しい帝国主義のかたちである。

 ソ連のアフガン侵攻の際、アメリカはアフガンに武器を提供した。ソ連が撤退してから、アメリカはアフガンを放置した。これにより武力を増大させた軍閥たちは泥沼の内戦を引き起こした。アフガニスタン人は、大英帝国の時代から、支配者の力を巧く利用する術に長けていた。ある軍閥はアメリカ軍に、アルカイダが潜んでいると偽り敵対勢力の軍閥を爆撃させた。

 タリバンを殲滅しアルカイダを放逐することは、同時に諸々の軍閥をのさばらせることになる。民主主義というのは法の力なしには実現しない。軍閥武装解除させ、言論による政治闘争を定着させなければ、アフガンに平和は訪れない。

 国家建設のために国連から援助金が投入されると、カブールは活気のある町になった。そこでは国際人が頂点にたち、英語の使える現地人が上手い汁を吸う。これは植民地都市のデジャヴである。だが、数年でこの支援金は底をつくだろう。法制度と教育の建て直しなしに、民主主義は機能しないからだ。

 アフガンの軍閥というのは、部族の長であり氏族の司令官である。部族抗争が軍閥争いになっている。

 帝国が支配するために不可欠なのは畏怖である。大英帝国は畏怖の力を認識していた。たった2、3人の行政官が、広大なアフリカの土地と人間を管理することができたのだった。畏怖を失えばソマリアのように、兵隊が死ぬことになる。

 

 第五章 結論――帝国とそのネメシス

 帝国による人道的介入は、それが安全であり、見返りの求められるときに限り行使される。これは偽善的にならざるをえないということだが、もし一貫性をもとめるならば核保有国のロシアや中国とも戦争をしなければならない。帝国の国家建設において、欧州や日本は会計担当である。現在の帝国主義とは、辺境を民主化するための一過性のものである。

 ――歴史上、ほとんどの帝国の国内体制は民主主義ではなく、国外にあって植民地を民主化しようとも考えていなかった。国内で独裁的な体制をとることが、国外における持続的な帝国支配を可能にした。民主的帝国は短期的である。

 帝国とはもはやアメリカだけではなく、アメリカを中心とした民主主義諸国を指す。いかなる善意もナショナリズムには勝てない。ネメシス、報復と罰の女神はナショナリズムである。

 タリバンははじめ、内戦を終結させた国家建設者だったのだ。

 「アルカイダは、外国からの革命戦士で、当初は客人として滞在していたが、しだいに資金源として欠かせない存在となり、タリバン国家を操作するようになっていた」。

 

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 著者は軽い帝国が治安を改善させると考える。

 

軽い帝国―ボスニア、コソボ、アフガニスタンにおける国家建設

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