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うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『想像の共同体』ベネディクト・アンダーソン その3

本メモ ◆歴史の本

 

 Ⅵ 公定ナショナリズム帝国主義

 オーストリアハンガリーのヨーゼフ二世はドイツ語を国家語に選んだが、これはドイツ語話者と他言語、とくにハンガリー語話者とのあいだに軋轢を生んだ。同じことがオスマン朝トルコ語でおこった。

 国籍のなかったハノーヴァー家やロマノフ家やホーエンツォレルン家は自分たちの国民的帰属を発見していく。科学と資本と懐疑の時代に、王権神授説はもう使えなかったのだ。だが、国民を代表するということは責任がかかることでもあった。

 ロシアは全土のロシア化を行ったが、これは公定ナショナリズムと呼ばれる。だが、これは非スラヴ住民の抵抗をひきおこした。ロシア革命のもっとも激烈な支持者はグルジアなどの非ロシア地域の住民だった。

 イギリスの公定ナショナリズム……英領生まれの、黄色イギリス人は、クレオールと同じ運命をたどった。マコーレー(イングランド史の)は現地人のイギリス化を推進したが、これは日本のモデルとなった。

 日本とともに興味深いのがシャム(タイ)である。シャムの王チュラロンコンは、仏領インドシナ、英領マラヤ・ビルマに囲まれて、外交を巧みに用いた。彼は政治的に無力な外国人(中国人)労働者を大量に集め、国家の整備を行った。チュランコロンがモデルとしたのは英領インドなど植民地官制国家であった。息子のワチラウットは、政治に参加しはじめた中国人を、(イギリスから輸入した人種主義をもって)ユダヤ人として排斥することにまず力を注いだ。中国人は共和主義の先駆とみなされた。ワチラウットは「いわばアジアのブルボン家でもあった」。中国人嫌いにもかかわらず、雑婚によりタイより中国の血が濃く流れていた。

 ――公定ナショナリズムは、共同体が国民的に想像されるようになるにしたがって、その周辺においやられるか、そこから排除されるかの脅威に直面した支配集団が、予防措置として採用する戦略なのだ。

 ハンガリーナショナリズムはドイツ語の公用語制定に反発して生まれた。マジャール貴族のナショナリズムとは別に、民衆的ハンガリーナショナリズムもまた成長した。一八四八年、コシュートの革命において、ハンガリー人即マジャール語の原則が決められ、農奴制、免税特権が廃止された。ユダヤ人や、非マジャールキリスト教徒などもハンガリー人として容認された。ところが翌年ツァーの軍隊によって鎮圧され、今度はウィーンの指導のもとに社会政策が実施され、革命家は追放された。

 幸運にも、一八六六年普墺戦争でのプロシアにたいする敗北により、オーストリアハンガリーとの二重帝国を設立せざるを得なくなった。その後のハンガリーの政策は、ロシアのロシア化、プロイセンのデーン人、ポーランド人にたいする政策、封建イングランドアイルランドにたいする政策に酷似するものだった。

 辞書編纂と出版資本主義によって生まれた想像の共同体は、常にみずからを古いものとみなした。歴史が、大事件と大指導者による数珠つなぎの真珠ととらえられた時代。ウィリアム征服王やジョージⅠは英語を話せなかったにもかかわらず歴代の王のあいだに陳列されている。聖イシュトヴァーンは外国人を尊重し、こう言った、「言語と習慣において統一された国はもろくて弱い……」、彼はのちハンガリー初代の王としてまつりあげられる。

 民衆の言語ナショナリズムにたいする応戦が、権力者たちの公定ナショナリズムである。日本とタイはこの公定ナショナリズムによって直接支配を免れたのだった。
やがて帝国主義イデオロギーは力を失う。植民地を喪失しても、悲しむのは貴族だけであった。イギリスの王はことごとく外国人である。

 

 Ⅶ 最後の波

 第一次世界大戦で王朝主義は終わった。以降は帝国ではなく国民国家が国際規範となった。非ヨーロッパ国民の多くが欧州語を国家語としている。民衆と公定のナショナリズムがどこでもモジュールとして想像されるようになった。

 植民地ナショナリズム……非アングロサクソン英国人はたとえ本土で教育を受けても、植民地内のポストしか得られなかった。このことが、南米と同様、植民地人としての連帯をはぐくんだ。

 だが19cから20cにかけて、文明の発達にしたがい、本土人だけでは厖大な領土を管理することが困難になった。また原住民のあいだに近代的教育が普及した。これには二重言語を使うインテリゲンチャが多大な貢献をした。

 「二つの言語を使いこなすということは、すなわち、ヨーロッパ国家語を経由して、もっとも広い意味での近代西欧文化、とくに一九世紀に世界の他の地域で生み出されたナショナリズム、国民、国民国家のモデルを手に入れることができるということであった」。

 一九一三年、バタヴィアのオランダ人はフランス帝国主義からの解放百周年記念を祝った。インドネシア人のインテリはこれに激怒し抗議した。植民地学校により、インドネシアのさまざまな民族は「インランデル(オランダ語の「土人」)」としての連帯を見出した。想像の共同体が生まれたのだ。

 オランダは中国人、日本人、アラブ人を「東洋外国人」として、自国の土人よりも高い地位に置いた。さらに一八九九年、明治藩閥政府の力におそれをなし、日本人を法律上「名誉ヨーロッパ人」に格上げした。この過程で、インランデルはインドネシア人という固有の意味を持ったのだった。

 仏領インドシナでは、インドシナ意識養成のため、シャム文明および中華文明からの引き離しが推進された。漢字・科挙の廃止により、漢籍を読めなくなれば、インドシナ人は過去の遺産と決別できるだろう。ベトナムのクォック・グ(国語)は学校教育を通して普及し、インドシナの想像の同胞を生み出した。原住民はサイゴンハノイプノンペンの国立リセで学んだ。だがフランス人曰く「欲張りだが知的な」ベトナム人の官吏登用が優遇され、ラオ人、クメール人は出世できなかった。

 こうしてカンボジアラオス独自のナショナリズムの萌芽が生まれたのだった。

 「この新しい世代にとっては、「インドシナ」は歴史であり、「ヴェトナム」は現実の外国だった」。

 カンボジアベトナムの対立は、かつてのフエ阮王朝のクメール侵略よりも、この植民地政策によるものが大きい。インドネシアでは多数の民族がお互い攻撃しあっていたにもかかわらず統一国家として生き延びた。

 言語が国民性の象徴であるというのは間違いである(ガーナ・ナショナリズムアシャンティ語ではなく英語を用いる)。

 「言語において、そんなことよりずっと重要なことは、それが想像の共同体を生み出し、かくして特定の連帯を構築するというその能力にある」。

 言語は誰でも学ぶことができ、それを制限するのは寿命だけである(バベルの塔)。帝国の言語も所詮は俗語のひとつにすぎない。また、技術の発達により出版物以外にも連帯を構築するものがいまではあふれている。また、国民主義指導者は、公定ナショナリズム、民衆ナショナリズム南北アメリカの共和国理念を任意に用いることができる。

 国民国家は「言語の共同性なしに想像されうる」。

 多言語国家スイスは、一九世紀初頭に生れたものである。スイスは地形によって隔絶され、隣の大国に支配されることなく生き延びたものの、その後進性ゆえに第二次世界大戦までは貧しい田舎の国にすぎなかった。人口の大半は農民で、貴族たちが協力して領土を治めていた。この点では「神聖ローマ帝国内のたくさんの小公国とたいして違わなかったのである」。

 言語が地域によってしっかり区別されるまでは、宗教的分裂のほうが顕著だった。現在では、二重言語を用いる「教育ある」政治階級が、一言語の住民の上に鎮座している。公定ナショナリズムによるドイツ化を進めなかったことが、スイスの中立国たるゆえんである。

 

 Ⅷ 愛国心と人種主義

 ヨーロッパ知識人はナショナリズムが他者への憎悪と恐怖でしかないととらえがちだが、まず国民nationは「愛を、それもしばしば心からの自己犠牲的な愛を呼び起こす」のだ。愛国芸術は数あれど、憎悪と恐怖を表現する文化的産物は皆無である。

 国民性は、皮膚の色、生まれた時代、生まれなど、選択不能のものと同一視される。医師学会のために死ぬ人間はいないだろう。大戦で大勢が国のために死んだのはそれが簡単に入会したり脱会したりできないものだからだ。

 言語はホモ・ディケンス(話す人)がはじまったときに既にあり、現代にも深く根を下ろしている。詩歌の、たとえば国家の、祈祷書の斉唱は、想像の共同体に具体性を与える。これを同時性の経験という。

 ――国民を、歴史的宿命性、そして言語によって想像された共同体と見れば、国民は同時に開かれかつ閉ざされたものとして立ち現れる。

 国民的叙事詩を読むにはその言語を習得する必要があるが、人生には限りがある。

 「こうして、すべての言語は一定のプライバシーをもつことになる」。

 人種主義・反ユダヤ主義は、ふつう国内政策としてあらわれる。植民地ではどんな平民でも貴族になれた。イギリス本土の軍隊と海軍が実戦を担当し、植民地の軍隊は中世貴族のような生活をした。また、植民地では宗主国の相異を超えた「白人の連帯」があったが、これはヨーロッパ貴族の階級的連帯を思い起こさせる。

 ウルグアイクレオールが、原住民反逆者トゥパック・アマルーの名のもとに立ち上がったところには、想像の共同体への愛がある。祖国への愛は、愛一般と同じく他愛のない想像力が働いている。

 

想像の共同体―ナショナリズムの起源と流行 (ネットワークの社会科学シリーズ)

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