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うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『龍陵会戦』古山高麗雄

本メモ ◆日本のフィクション

 『アーロン収容所』からのビルマつながりで読む。

 「勇」師団管理部衛兵隊に配属された主人公は弾薬運びとなる。前作とは異なり今作は著者自身が主人公という私小説の体裁をとっている。龍陵会戦を体験した東北出身の「勇」師団の兵たちに取材する。

 古山氏は神童と呼ばれていたが上京を節目にエリート街道からはずれ無為徒食の生活を送る。召集をうけても絶望は変わらなかった。サートリス家のように死に場所を求めていたようである。徴兵された人間が皆悲劇を演じるわけではない。もともと人生をあきらめていた兵隊もいた。

 曰く、わたしは反戦的、反国家的でやる気のない兵隊だったがそれがまったく偉いわけではない。吉田満氏の言うように人生最後の経験にせめてもの意味を見出そうと国家に尽くした若者もいる。やる気がないというのは戦後の視点から判断すれば評価されることもあろうが、当の兵隊たちからすれば足手まといであり仲間を危険にさらす存在だっただろう。

 戦争に対する思いは人さまざまだがその違いから目を隠すことで共有できることもある。古山氏は戦争と軍隊が嫌いで仕方なく従軍したが戦争が好きで戦ったものもいる。

 ――将校を志願した人たちは、陸軍士官学校だとか海軍兵学校だとかに入って、出世を競った。彼らは、嫌いだのに、陸士や海兵に入ったわけではない。彼らが嫌ったのは、軍隊や戦争ではなく、不遇や不運や劣等の自覚である。順調に昇進する者は、得意であっただろう。遅れを取った者は、さらに遅れを取っている者に自らを較べたりして、不得意を和らげようとしたのだろう。

 厳しい時代のなかにも著者のように不遇にあった人間や、部下にうらまれて殺された腐った人間がいた。同じ戦争を体験した人間同士でも通じないことがある。

 ビルマ戦線では龍陵、騰越、ラモウの守備隊は遠征軍の物量人海作戦によって全滅させられた。日本軍はわずかな装備と弾薬しか持っていなかったという。「勇」師団のなかにはガ島や中国から転送されてきた者もいた。

 戦場では運がすべてである。

 「私には、唱える名前がなかった。独身だった。空想の物語の中にしか、恋人はいなかった」。

 ビルマ雲南での戦況の推移は忘れられかけている。当人たちも記憶があいまいになり、正確な事実はわからなくなっている。

 入室の際の号令をかけられない、寝小便をする低能が一等兵として従軍していた。

 「私は彼に親しまれたくなかった。私が劣等兵であることは確かだが、彼とはだめ兵隊のコンビを組みたくなかった」。

 高齢のためかもともとそういう気質なのか古山は若干感傷癖と箴言癖がある。死んだ人間は忘れられる。戦争に行った当人たちでさえ徐々に戦友のことや戦場のことを忘れて間遠になっていくのにまして戦後の人間が正しい真実を把握するなどできようか。そんなものはない。雲南ビルマにはガ島からの転進者も含まれていたがガ島での死因がおもに餓死だったのにたいしこちらは蒋介石率いる遠征軍の物量銃砲撃に苦しんだ。守備隊は数十人しか残らず全滅した。全滅といっても何人かは生き残ってそうでなければ部隊がどうなったかは誰もわからないだろう。

 温和そうな人間が戦場ですばらしい忍耐を発揮することが多々ある。いばりちらす兵隊はエリマキトカゲのようなものだ。戦後四〇年すると皆それぞれの生活に戻り戦場の記憶は薄れていく。やがてみな忘れる。いつくるかわからぬ核ミサイルでの死と必ず来る死なら後者のほうが怖いと古山は言う。レニングラード攻防戦で十万人が死ぬよりも身内が癌で死ぬほうが悲しいことだ。

 小説としてはあまりうまくはないのではないか。「人は……」、「人間は……」という箴言がいくつあっただろうか。歴史の体験を考えるにあたって重要な本だ。

 歴史を耐えたもののなかにはさまざまな人間がいて受取り方も違う。やがてそれも忘れられていく。この本の中でも痴呆みたいに同じことを書いてる箇所がある。

 

龍陵会戦―戦争文学三部作〈2〉 (文春文庫)

龍陵会戦―戦争文学三部作〈2〉 (文春文庫)