うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『ビンラディンの論理』中田考

 イスラーム社会、法の概説からはじまり焦点であるビン・ラディンの半生や思想をたどる。

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 イスラームの組織構造は緩やかなネットワーク型であり、キリスト教の教区制や仏教の檀家寺請制度と異なる。厳密な指令系統を持たぬイスラーム特有のつながりがビン・ラーディンらのあいだに存在する。

 また、イスラームは法の宗教であるといわれ、イスラーム法(シャリーア)を理解することなしに彼らの言動を理解することはできない。

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 ビン・ラーディンは最大公約数的なスローガンを唱えることでムスリムの支持を得た。彼はイスラーム武装闘争主義者であり、異教徒をイスラームの地から追い出し、イスラーム法を遵守せよと説くが、これはサラフィー(復古)主義の主張と重なる。

 アルカイダの直接の活動の原因となったのは、湾岸戦争における米軍のサウディ駐留である。ここから米国排除の対外ジハードがはじまったのだと著者は考える。

 サウディアラビアの公学ワッハーブ派をはじめサラフィー主義はみな共通の認識に基づいている。このなかでも反政府的イスラーム主義は弾圧の対象とされている。

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 イスラーム解放党、ジハード団の沿革や、反政府武装闘争の理論的支柱である革命ジハードについて詳細に描かれる。そもそもこうした政党運動、派閥形式はどこからやってきたのだろうか。革命ジハード論も含め、左翼活動に起源をもっているように感じられるが、後で調べる必要がある。

 彼らの主張はすべてイスラーム法の枠内でおこなわれる。そもそも社会構造を定める法が西欧とは異なるのだから、摩擦がおきるのは当然なのだ。株の売り方までイスラーム法で定められているというのは初めて知った。比較法学の見地からイスラーム法を学ぶのはおもしろいのではないか。

 ジハード団、イスラーム集団はともにアルカイダの中核である。両団体ともに、もとは対内ジハードをその目的とし、サダト暗殺などを引き起こしてきた。イスラーム集団はやがてエジプト政府によって弾圧されるが、結果指令系統をもたないネットワークの末端が観光産業を狙ったテロをおこなうことになる。

 イスラーム主義はイスラーム法に則った統治を理想とする考えであり、この思想自体に過激な点はない。中田氏によればこのイスラーム主義とそれを掲げる武装闘争は、円熟した学説の結果であって、貧困ではないという。GDPの高いサウディがもっとも闘争が盛んであることをその証拠のひとつにあげている。

 ――イスラーム主義伸長の原因は、ただ一つ、教育の大衆化とイスラーム教育の普及であり、それ以外にはない。貧困とイスラーム主義には論理的連関がないだけでなく、事実においても正の相関は存在しない。

 西欧はイスラーム主義を嫌悪しているため、これよりは軍事独裁を支援することを選んだ。イラン・イスラム共和国を敵とし、サダム・フセインを支援したのはその一例である。エジプトは西欧との関係を考慮して、民主化イスラーム主義を弾圧しているのである。民主化した結果、イスラーム主義を大衆が選ぶことをおそれているのだ。

 問題は民主主義対テロリズムではない、と彼は書く。著者によればイスラーム法は決して野蛮なものではないという。民主主義とイスラーム主義は共存できるのではないかと彼は問いかけている。

 ――欧米社会は、イスラーム主義者の主張に耳を傾けず、人権と民主主義を踏みにじるアラブの独裁政権への援助をつづけてきた。その結果が、イスラーム主義武装闘争派をより深く地下に潜行させると同時に、彼らの攻撃の矛先を、自国の政府から、その背後にあるアメリカへと向けさせることになったのである。

 この政府による管理統制の矛盾は、比較政治学でもよく論点にされている。

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 イスラームは法の宗教であり、イスラーム法にのっとった国をつくろうとするのがイスラーム主義である。このイスラーム主義は教育の普及によって民衆のあいだに広まり、やがて背教者たる政府を標的とする武装闘争へと発展した。

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 最近(2015)よくテレビに出ているムスリム学者によるアルカイダ論であり、他の解釈とも比較しなければならない。この本は、ビンラディンの奉じるイスラーム主義自体に問題はないと論じる。

 

ビンラディンの論理 (小学館文庫)

ビンラディンの論理 (小学館文庫)