うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『ユンガー=シュミット往復書簡』

 ――権力を増強しようとする要求は人間の値打ちが下がるに従って大きくなるものです。

 三十年代の中ごろから文通ははじまるが、ユンガーがナチスと距離を置いている一方、シュミットはナチ政権下ドイツでザクセン枢密顧問官に任命されていた。シュミットの立場や信念はまだ把握していないが、反ユダヤ主義や退廃芸術といった話題は、二人のあいだでは巧妙に回避されている。

 内相ゲーリングの要請で枢密顧問官に就いたことにたいし、シュミットはラテン語で「わたしはただ黙っている」と答えるのみである。

 往復書簡のうち大半の部分――二人の私信、法学関係の記述など――はおぼろげにしか理解できない。二人は民主主義を否定していた。ユンガーによれば、修復された民主主義こそがファシズムだったのだ。

 興味深いのがユンガー、シュミットともにヘンリー・ミラーを認めていることだ。そうえいばミラーはドイツ移民の子である。

 動物のあいだの敵対関係についてたずねるシュミットに、真正の敵対関係は犬と猫のあいだにしか存在しない、とユンガーは答える。警察が容疑者を尋問するのは政治的関係によるものであり、その際警察が威圧的か好意的かはつけたしにすぎない。同様に動物においても、食物連鎖や狩の関係は政治的関係にすぎない。お互いを食べない犬と猫の関係こそ、性格学的、占星学的な敵対関係といえよう。

 ――そう、スペインのものが重要です。とにかくこの国のヨーロッパの歴史に対する寄与はまったく特別なものです。スペインは世界の状況をすでに数世紀も前からこの国の状況として体験して来ているからです。ブロイもベルナノスもスペイン人です。

 ユンガー曰く、二人に共通するのは「より高度な権力の問題への共通の理論的興味」である。

 ――自分の好まない人については決して書くべきではなかろう。

 政党は互いに似通ってくるようになり、米ソも似たようなことを唱えはじめる。

 ずいぶんと長生きしているが、時事的な話題は徐々に減ってきているように感じられる。たまに出ても自分たちにたいする毀誉褒貶を気にする程度だ。ホメイニイラン革命パレスチナ情勢については若干言及がある。あらゆる政治への接近方法はやはり機械化と友敵理論である。

 ――暴力への門としての民主主義。まず最初に、富める者も貧しき者も、弱者も強者も、その他すべてが平等であり、次に、番号がつけられ、それが採決される。黒人が圧倒的に大多数を占める。すると黒人はこれまでよりさらに黒くなり、白人はさらに白くなる。白人は自分の理念の奴隷であって、自分の首に輪をかけている。より知的な種類の自殺が行われる。

 ユンガーがナチにたいして書いた箴言……「劣った種族だとわかるのは、他種族と比較して自らの威勢を誇示しようとし、他民族を自らと比較して貶すことからである」。

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 キーゼル氏の解説によれば、シュミットはその著書からわかるように一貫して反リベラリズム、反議会主義だった。彼にとって独裁とは「「民主主義」の対立概念ではなく、利益を追いながら、同時に利益をカムフラージュする「議論」の対立概念」なのだった。

 シュミットの根幹にあるのはカトリックである。そしてスペインの文献を学ぶことは、シュミットに限らずヨーロッパの基盤をなすキリスト教を学ぶことになるのだ。

 彼がやがてナチに攻撃された理由にナチズム国家主義の相違があげられている。

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 文学、ギリシア・ローマ古典、昆虫学、哲学、歴史学、両者の教養は広範にわたる。

 メルヴィル(とくに『ベニト・セレノ』)、アンドリッチ、ヘルダー、ポー、ボダン、ド・クインシー、国際法と国家主権の問題、スモーレット、グロティウス、アンリ・ミショー、サミュエル・バトラー、シュミット『憲法理論』『リヴァイアサン』、行政学保守革命、ソロヴィヨフ、ルネ・カピタン、クライスト、グリルパルツァー、ラシーヌ『パイドラ』、ハイデガー、レオン・ブロイ、シャミッソー、フランツ・ブライ、ブルクハルト『世界史的考察』、バンジャマン・コンスタン、ヘルマン・ブロッホエルンスト・ブロッホ、ドイプラー、シュタードラー、フーゴー・バル、コンラート・ヴァイス。

 

ユンガー=シュミット往復書簡―1930‐1983

ユンガー=シュミット往復書簡―1930‐1983