うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『ヘリオーポリス』ユンガー

 ギリシア、ローマ、ペルシアといった異教的道具でつくられた、大理石と宝石の世界が舞台である。「大戦争」ののち地球の環境は激変し、他の惑星への進出がはじまっていた。大理石都市ヘリオーポリスは、摂政の座に誰も座るものがない「空位の時代」にあった。主人公ルーチウスの仕えるプロコンスルと、太守とのあいだで対立が深まりつつあり、中央局の意向により人間の自由意志は否定されようとしていた。

 宝石、鉱物、光、波、海洋生物、装丁といった物質への嗜好が文体からにじみでている。物語に使われる要素も古書、薬物と彼の趣味を反映している。

 無秩序の都市世界において、「絶対的な官僚制の支配を」企む太守と中央局。一方、司令官デ・ヘールの属するプロコンスルと宮殿は「昔の貴族政治と元老院の名残」に基づいた国家建設を志す。

 しかし、どちらの党派も究極的には単一の正義をもとめる。ルーチウスが感じるような迷い、敵でも味方でもない第三の世界は、許されない。上官たる参謀長にいわせればそれは「散漫、集中心の不足」でしかない。

 進歩がある段階に達すると、死を崇拝するようになる。

 参謀長とルーチウスのあいだには意見の相違がみられるが、これは個人と全体との相違を意味する。真理に基づいた世界を目指すうえで、自由意志は取り外されるのだろうか。

 ――事態が難局に立ち至るところ、事態が砲火のうちに沈むところ、理性と正義とが無力となるところ、そこで軍人は最後の仲裁裁定の任を命じられる。ここに偉大さが存在する。そしてこれに軍人の名誉は依拠している……翻って合法的権力である国家の責務は、軍人が良心に疚しさを覚えることなく戦えるよう事態を整えることである。

 中央局を統べる太守は肥満体の、俗物的な、「ムッソリーニのような」道を歩んできたポピュリストである。

 暗殺とカステルマリーノ攻略作戦。個人を重視した行動をとったルーチウスは告発される。彼は親交のあったパルシー教徒の製革職人とその姪ブードゥルをかくまってしまった。

  ***

 死の都、写真。個人の統合を追及する軍隊と、個人の自由意志を尊重する軍隊。

 「敵はお互いに似る」。

 都落ちしたルーチウスは、ブードゥルと部下ヴィンターフェルトらを伴ってヘリオーポリスを去る。尻切れトンボの終わり方である。戦争が激化する前に彼は表舞台から去り、牧歌的な土地へ移動する。

  ***

 ――あなたは二種類の人間、すなわち愚者と知者とが存在することを薄らと気づいていました。前者は奴隷であり、後者はこの世界の主人です……二つの大きな法則が、宇宙において働いていることに基づいています。すなわち偶然と必然のことです。よく覚えておいてください。それ以外には何もないのです。奴隷は偶然に支配されます。主人は偶然を支配します。名もない厖大な群盲のさ中に眼の見える人びとが何人かいるというわけです。

 

 付録のインタビューのことば。

 ――会というものには、傾向、競争、分裂がつきまとう。まるで政党だ。むかつく! 私の<ファン>と称する人たちから手紙を貰ったり、訪問を受けたりすると、少々驚き、心配にさえなる。ファンとは往々にして狂った連中だ……。

 

 

世界幻想文学大系 第42巻 A ヘリオーポリス 上

世界幻想文学大系 第42巻 A ヘリオーポリス 上