うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『帝国主義』ポーター

 本書で扱うのは、帝国主義が「いかにして生成し、そののち成長したのかという、その過程」であって、植民地主義や低開発といったものではない。扱う年代は一八六〇年~一九一四年が主である。

 帝国主義ということばは学術用語ではないという意見もある。古くはレーニンやホブスン、シュンペーターから最近の政治学者まで、定義や理論があまりにバラバラでほとんど一致するところがないからだ。極限まで範囲を広げた、抽象的な定義も示されているが、そもそも「帝国主義」という概念のくくりかた自体に問題があるのではと思えてくる。

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 第一章で扱うのは、個人や国民のなかの文化やイデオロギーを、帝国主義の原因とする傾向である。

 外交史のみからの説明や、ビスマルクやガリエニ将軍といった特定の人物のみを帝国主義の要因とする見方が偏っているのと同じく、当時の欧州国民のイデオロギーや文化のみが膨張主義を生み出したのだという視点もまた正確でない。これらは相互に影響し、帝国主義の進展を促していた。

 十九世紀初期の膨張政策には宣教の色合いがまだ強く残っていた。彼らは非ヨーロッパ民にキリスト教をもたらすことが正義であると考えた。ところが思わぬ抵抗にあうと、ヨーロッパ人はこれを原住民の頭の鈍さあるいは人種的劣等のためと考え、やがて「白人の責務」という使命感が生まれるようになった。

 初期にあったヨーロッパ人道主義は、より実利的な観念に置き換わっていった。十九世紀末にはダーウィニズムや優生学と結びついた価値観が広範に広まった。

 列強の膨張政策は、どれも膨張自体を目的としていたわけではなかった。欧州諸国はあくまでヨーロッパの隣国を念頭に置いており、直接対決が不可能なために新世界での勢力増強を競ったのだった。

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 本国内の社会・経済的要素を、帝国主義展開の原因とするアプローチは古くから存在する。

 そのひとつが社会帝国主義である。これは、国内の不満や社会変動・社会不安を先送りするために海外進出を利用するというもので、ビスマルクの政策(経済不況とアフリカ進出)が例としてあげられる。とはいえ、ビスマルクを社会帝国主義者とするのは無理があるだろう。

 社会帝国主義論は、はじめはヴェーラーによって主張された、ビスマルクのみを対象とする議論だった。が、やがてディズレーリなどにもあてはまるのではとほかの研究者にも広がっていく。

 ――社会帝国主義的な心性の中心を占めていたのは、秩序、社会的安定、政治的保守への関心である。

 経済帝国主義とは、経済が帝国主義の原動力であるとする説だが、この分野でも定説の再検討が進められている。すでに明らかなように、本国と植民地とのあいだの相互貿易が、国家全体の輸出入のなかで占める割合は、些細なものである。英仏独といった主な列強では、植民地への投資より欧州列強同士の投資のほうがはるかに大きな割合を占めていた。イギリスについては、帝国主義以前からの取引相手であるカナダなど大英帝国や、アルゼンチン、ロシアといった潜在的需要の多い国への投資がさかんにおこなわれていた。

 経済原動力論の論拠たる特許会社のほとんどは、設立するとまもなく現地や同業者との軋轢をおこし、本国の直接支配・統制に切り替えられている。海運業・貿易業に関しては、伝統的に国家と対立しており、現代の多国籍企業のような性質を帯びていた。

 海運会社が本国よりも植民地政府や他国政府との提携を強めていたという例は数多い。

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 ヨーロッパ中心の分析だけでなく、非ヨーロッパ国の反応や政策、対抗などに焦点をあてる研究も増えている。

 ほか、ウォーラーステインの世界システム論も帝国主義を資本主義膨張の本質としてとらえる見方である。決定論的(結論ありき)である点に批判が多い。サイードも帝国主義論のひとつに数えられる。

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 近年の情報産業との関連も含めて、電信網や通信運輸を軸に分析した帝国主義研究を読みたくなった。

 "Invisible weapon"という本があるようだ。

 

帝国主義 (ヨーロッパ史入門)

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