うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『禅と戦争』ブライアン・アンドルー・ヴィクトリア

 戦中における禅宗国粋主義の関係を、僧籍をもつ研究者が説明する。今まで読んだ本にくらべて珍しい視点から書かれた本である。

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 檀家制度によって幕府の役人となっていた既成仏教教団は、一部では農民を搾取したりなど幕府との癒着もあったが、明治維新を機に苦境に立たされる。新政府の神仏判然令によって仏教は権力から切り離され、地方の国学者が音頭をとって廃仏毀釈運動がはじまった。

 ところがこの仏教軽視の政策にたいし農民の暴動がおこったため、新政府は仏教もまた権力に取り込むことにする。同時に仏教教団側からも働きかけがあり、真宗東西本願寺は新政府に資金を貸付することで一定の地位を得、また各教団も国家政策に協力する方針を打ち出した。

 しかし、新政府の国家神道はふたたび仏教を権力から分離させようと試みる。

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 日清・日露を通じて、仏教教団はいかに仏教が国家に利するかを示そうと躍起になった。大勢の仏教徒が戦争を正戦と定義し、慈善活動をおこなうキリスト教に対抗して支援をおこなった。仏教教団のほとんどはキリスト教を敵視しており、仏教こそ自然科学や国家と融和できると主張した。

 東洋大の創設者井上円了は、軍国主義と仏教を結合させた理論家の一人だった。

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 社会主義や無政府主義などの革新運動にたいして、仏教教団主流派は一貫して反対を唱えている。また、教団は朝鮮や満州に布教所を設立して、植民地政策の一端を担った。現地の僧侶は軍隊における宣撫工作を任された。僧のなかには軍籍を証明するもの一切を捨てて工作に従事するものもいた。

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 世界恐慌が近づくと、革新的志向をもつ若い僧もあらわれる。血盟団井上日召もまた仏教と禅を行動原理としていた。井上らの暗殺行為を肯定する高僧も少なくなかった。仏教教団に限らず当時の世相は井上を国士と讃えていたため、いちどは終身刑となるがやがて刑そのものが取り消され、一九三七年には首相近衛文麿の側近となっている。

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 皇道仏教なるものの誕生によって仏教教団と禅宗は完全に国策に吸収された。これを批判するわけではないが、ひたすら仏教の教説の浅薄さだけが感じられる。仏教徒は慈善の戦いをおこなう、良い戦争には仏教徒は無我となって参加する、皇室への忠誠を誓う、など、どれも空疎な正当化論ばかりである。

 

禅と戦争―禅仏教は戦争に協力したか

禅と戦争―禅仏教は戦争に協力したか