国防総省の下部機関であるNSA(国家安全保障局)の起源は第二次世界大戦である。ドイツと日本の暗号解読を専門とするチームが、終戦に伴って大規模な暗号解読・信号技術機関へと変化したのだ。各地に設置されたアンテナを使って、ソ連・中国といった共産圏のみならず世界のありとあらゆる無線を傍受することができた。
朝鮮戦争、英仏イスラエルによるエジプトへの侵攻などといった主な戦争で、NSAは信号諜報部門として働いた。
アイゼンハワーとフルシチョフの時代、NSAは頻繁に密偵機を飛ばした。これは爆撃機を改造して通信装置を搭載したもので、低空飛行をおこなうことができた。偵察機はしばしばソ連の領空を侵犯し、かなりの数が撃墜された。さらに、両国首脳会談が行われる直前に、米偵察機が撃墜され、パイロットが拘束される事態が発生する。フルシチョフは激怒し、会談は失敗、その後のアイゼンハワーのモスクワ訪問も白紙となる。このように、NSAは米の国策にたいして大きな影響を与えていた。
ケネディはキューバ政権打倒に熱心で、CIAの特殊部隊を潜入させたがキューバ軍によって殲滅させられた。NSAや極右軍人は米軍を反政府ゲリラに偽装してカストロを倒す提案をおこなったが、これは実行されなかった。右派軍人たちは、自作自演のテロを国内でおこして、世論をキューバ侵攻に導く案も検討していた。当時の反共思想にはすさまじいものがあった。
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北極は電波傍受に最適の地で、米ソは競って氷の上に基地をたてた。基地の運営は過酷をきわめ、NSAの技術者は寒さや孤独に耐えながら仕事をおこなっていた。
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一九六七年、イスラエルとエジプトとのあいだで第三次中東戦争がおこる。イスラエルは情報戦略に秀でており、侵攻当初から、エジプトが侵攻したため反撃したと宣伝を繰り返し、国際社会に対して自らの正当性を声高に主張した。
イスラエル軍は各地でアラブ兵捕虜を虐殺したが、この戦争犯罪は当時の軍高官によって黙殺されようとしていた。NSAの監視船リバティ号はこのときちょうどイスラエル領海付近で傍受をおこなっていたが、イスラエルは自分たちの戦争犯罪に関する秘密が漏洩してしまうのではないかとの危惧を抱き、リバティに対する攻撃をおこなった。船籍がアメリカであることをイスラエル側は知っていたが、彼らは事故を装って戦闘機と魚雷艇の編隊を派遣した。
イスラエル軍の攻撃によってリバティ号の乗組員、NSAの人員三十四名ほどが死亡した。戦闘機が船に攻撃を加えているあいだ、さらに上空からNSAの航空機がこの様子を監視していた。このことは秘密にされた。
リバティ号の事件は、ジョンソン大統領によって封印された。アメリカはイスラエルとの同盟関係にあり、世論を反イスラエルに傾けるのは望ましくなかった。次期大統領選にむけて、イスラエル・ロビーの気分を害するのも得策ではなかった。イスラエルによる口封じの謀殺は、しばらく日の目を見ることがなかった。
その後リバティ号生存者の個人訴訟や、カーター大統領のイスラエルへの船の弁償要求が通るにいたり、ようやく事件が秘密である時代は終わった。
当時、無抵抗のアラブ兵や民間人を殺害した司令官にはアリエル・シャロンも含まれていた。
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この事件からまもなく、幹部が危険性を過小評価したために悲劇が再発する。
北朝鮮の領海に侵入したプエブロ号が北朝鮮の魚雷艇、掃海艇に包囲攻撃を受け、一名の死者を出したあげく通信装置、暗号機械ごと拿捕されてしまう。乗員たちは返還されたものの、この事件によってNSAは暗号の変更を余儀なくされる。
また、NSAの局員の一人がモスクワと通じており、最高機密暗号のキーや表をソ連大使館に渡していた。このためソ連はアメリカの最高レベルの通信をそのまま傍受することができた。
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日本が去ってフランスが出戻りした。ところがホー・チ・ミン率いるベトミンはディエン・ビエン・フーを陥落させ、フランスは撤退した。インドシナ戦争のときからアメリカはCIAを派遣して仏軍を支援していたが、ここから本格的なベトナム戦争がはじまる。NSAも大量の局員を派遣するが、北ベトナム軍は低強度信号などを使用していたため、通信を傍受するには戦闘区域に肉薄する必要があった。このため被害は増大した。
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通信産業、技術の進歩に伴い、NSAは一時的に遅れをとった。これまでの暗号解読技術も有用ではあったが、台頭するインターネットなどの新技術への対応には時間がかかった。NSAの傍受率が下がり、役に立たなくなった、と一時期マスメディアに騒がれることもあった。インフラ改革のために多数の技術者が雇われ、技術革新に急いで追いつこうとした。
九十年代に入り凋落したのはむしろCIAだった。シギント(対信号情報)であるNSAが正確な情報をもっていたのに対し、CIAのヒュミント(対人情報)はほとんどインチキに近い実態にまで落ちていた。CIAの中東支局勤務者のほとんどはアラビア語を解せず、昇進のために現地人を雇い入れ、スパイごっこを演じていた。CIAの予算は年々目減りしていった。
それでも、もっとも有効なのは人間と技術の両方を用いることであると著者は主張する。
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数学の博士号取得者と同じく、希少言語の習得者もNSAは招きいれた。
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「情勢分析」をするには、理論だけでなく具体的事実にも知悉している必要がある。本書はこの具体的事実を提示してくれるものなので、多少退屈な箇所でも目を通しておかねばらなない。
- 作者: ジェイムズバムフォード,James Bamford,瀧沢一郎
- 出版社/メーカー: 角川書店
- 発売日: 2003/03
- メディア: 単行本
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