うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『イスラーム思想史』井筒俊彦

 イスラームから発展した思想を思弁神学、神秘主義、スコラ哲学の三大潮流に分けて論じる。

 

 1 イスラーム神学

 セム族は砂漠で生活を営んできたため、とくに視覚と聴覚に優れる。このことは彼らの文化や特性にもあらわれている。彼らは見聞きしたものを特に重視し、感覚的で物質的な民族である。彼らは見えないものの存在を信じない。イエスは彼らが執拗に神のしるし(sign)を求めるのをみて嘆息した。彼らは懐疑的な個物主義者なので、観念上の実在(レアール)を信じぬ唯名論者(ノミナリスト)である。

 彼らの上に君臨したムハンマドは、セム族のこの性質をうまく利用したといえる。ムハンマドは神を、常に視覚的な存在として描写し、人間的な神を創造した。また頻繁に具体例を用いた。聴覚の鋭敏なアラブ人を説得するために、美しい韻律を用いた。

 コーランはただ読む限りは感覚的で非合理的な書物であり、退屈である。コーランのもつ力はアラビア語で書かれた詩句の美しさにある。

 こうしたアラブ人の特性とそれを基盤にしたイスラームが、拡大に伴って多様な文明と相互に影響しあうことになる。

   ***

 代表的な矛盾が神の予定説である。コーランのなかには、人間の行いがすべて神によって定められているという言葉と、神が人間に悪行を定めるはずがないという言葉とが並存しているのだ。おそらくムハンマドは、悪行のあまりの多さに後者のようなことを放言したのだろうが、この矛盾からいくつかの解釈が生まれることになった。

 ジャブリーヤ(強制の意)は人間のすべての行いを神によって定められたものとする。「神が常に絶対的な権力を有する君主」であるとする考えは、セム族に特徴的な思想である。スンナ(正統派)もこの予定説に、基本的には従う。

 一方、人間の自由意志を認める説がカダル派(カダリーヤ)である。

 ムルジア派とハーリジー派はムアーウィヤのウマイヤ朝とアリー派らの対立から生まれた。ハーリジー派が信仰の増減を認め、悪行によって信仰が消えると考えたのに対し、ムルジア派は行為にかかわらず信仰は存在すると説いた。

 ――神の予定、人間の自由行動を激烈に論じている内に、人々の間には自然に合理主義が発達して来た。この合理主義の所産がすなわちムアタズィラ派である。

  ***

 マァムーンの代に出現したムアタズィラ派は、それ自身もまた多数の支流に分かれるが、共通するのは合理主義である。彼らはまず神の上に理性をおく。また人間は完全な自由意志に基づいて行動する。これを、理性における善悪に照らして神が裁くのである。また神はいかなる具体的な形・性質も持たず、ただ持つのは永遠性のみである。

 この立場によればコーランもまた神の創造物である。この徹底した合理主義は一般信徒に受け入れられず、アシュアリーによって批判されることになる(彼自身もムアタズィラ派の碩学だった)。

 アシュアリーにつづいたイマール・ル・ハラマインが、思弁神学の体系を完成させる。認識論、存在論、実体論、神の性質などを解説しているが著しく思弁的である。

  ***
 理性に頼りすぎた思弁神学に対し異を唱えたのがガザーリーであり、彼は儀式化・慣習化されたパリサイ的信仰(イスラーム)や、理性に基づいた神の分析だけでは足りず、自己の魂による信仰(ムーミン)の絶対的体験が必要であると説いた。自己の胸、魂によって信仰を得るという思想はスーフィズム神秘主義)にも似ているが、ガザーリーはあくまで個人主義を貫いた。

  ***

 

 2 イスラーム神秘主義スーフィズム

 スーフィとは羊毛の意で、キリスト教苦行者が羊毛の衣を着ていたことに由来する。スーフィズムと、シリア神秘主義とを隔てるもっとも大きな相違は、「愛」に対する態度の違いである。スーフィズムは愛(神への愛、神からの愛)を極端に重視した。

 あくまで超越的な神に向かっている点で、また汎神論pantheismとは異なる。超越的な神が神秘体験によって内在的になることに、スーフィの意義がある。一神教monotheismにおける神秘主義がすなわちこれである。

 スーフィは教義学者から激しい迫害を受け、スーフィズム学者のほとんどは殺された。

  ***

 3 スコラ哲学 東方イスラーム哲学の発展

 アッバース朝マアムーンの時代に文化政策がおこなわれ、ギリシア哲学が高い水準で翻訳された。主なものはプラトンアリストテレスプロティノスである。しかし、アリストテレスはすべて新プラトニズムの影響を受けた状態での受容だった。新プラトニズムがなければ、アリストテレス哲学とセム的一神教はとても相容れなかっただろうと著者は考える。

 最初の師とされるアル・キンディーはスコラ哲学を重んじながらも、イスラーム信仰にもまた価値を置いた。対して第二の師ファーラビーは理性主義者であり、実践よりも知識がまさると説いた。彼の考えは極端で、アリストテレスの著作を読んだ者はアリストテレス本人よりも偉いというものである。彼はイスラーム信仰をまったく信じなかった。

 アル・キンディーはアラブ人学者であることでも稀有な存在である。哲学者・神秘主義者のほとんどはペルシア人だからだ。

 ファーラビーの形而上学プロティノスネオプラトニズムの流出論と通じるところがある。すべてのものには原因があり、またその原因にも原因がある。この原因の大本がすなわち「一なるもの」であり、世界はこの「一なるもの」から流出しているのである、とする思想が流出論である。

 ファーラビーがこの唯一者を絶対的な知性とする一方、流出論は唯一者をさらに知性をも超越した全なるものとする。ファーラビーとネオプラトニズムはこの点で相違する。

 純正同胞会はイブン・スィーナー(アヴィセンナ)の思想形成に大きな影響を与えた、大折衷的神秘主義思想集団である。彼らは数秘術からインド哲学マニ教ゾロアスター教まで、ありとあらゆる神秘思想を寄せ集めて思想を組み立てていった。アヴィセンナはスコラ哲学を大成させた人間として知られる。

 アヴィセンナを筆頭とするスコラ哲学を批判したのがガザーリーだが、ガザーリーをも批判する大家がやがて西方スペインからあらわれる。これがイブン・ルシド(アヴェロエス)である。イブン・ルシドはトマス・アキナスとともに理性主義者の双璧といえる。

 これらイスラーム哲学の隆盛はキリスト教世界におけるスコラ学にも大きな影響を与えた。

  ***

 

 4 スコラ哲学 西方イスラームの発展

 

 アヴェロエスの先輩格にあたるイヴン・トファイルは、自身の思想を「ヤクザーンの子ハイ」という小説の形式で表現した。これは二つの島を舞台とする物語であり、一方の島には知性的な子供ハイが一人で暮らしており、他方は低劣な民衆が社会をつくって生活している。ハイは孤独の中でネオプラトニスム的な真理を得る。一方、低劣な社会では宗教は現世利益のための皮相な信仰にすぎない。

 本書が主張するのは高度に洗練された信仰は哲学と見分けがつかないことと、低脳愚昧な民衆は哲学や真の信仰を理解できないのでまじない程度の信仰を与えておけばよい、ということである。真理や哲学に対して、一般の人間はあまりに不完全であり精神虚弱なので、真実を知らせて彼らの心を乱してはならない。預言者の仕事は感覚的なことばを使って、うまく低脳たちを教化することにある。

 この思想は当然大衆から猛烈な反発を浴びて、トファイル、アヴェロエス双方が悲惨な生涯を送る理由となった。

 

イスラーム思想史 (中公文庫BIBLIO)

イスラーム思想史 (中公文庫BIBLIO)