うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『ある異常体験者の偏見』山本七平

 数冊目になる山本七平の著作だが、扱う話題は一貫している。彼の著作は、人間の情報処理を問題とする。われわれはものごとを判断する際に、まずそのものごとが正確なのか、どういう質なのかを考えなければならない。またその後の判断方法さえも、一定の傾向に歪められている可能性がある。

 情報の質の大きな違いは、直接体験と伝聞体験とのあいだで、とくにあきらかになる。直接体験や、確定的な事実でさえ、提示方法によってわれわれの受ける印象は千変万化する。

 

 山本七平の著作はまず彼ら戦争体験者の話からはじまる。その後、われわれが一般的に受け止め、また当然とされる思考を否定する。彼の本の第一段階は、直接体験とそれ以外との溝を示すことである。

 

 得意のトピックである百人斬り・「殺人ゲーム」論争では、『ジュリアス・シーザー』を例にとり「煽動」とはなにかを論じる。彼の煽動の定義は、編集、問いかけ(誘導尋問)、一体感である。そして、日本軍においては文法上の「命令法」を用いず、煽動の方法を用いた無言の命令が一般におこなわれていた、とのことである。

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 われわれの知識や認識がいかにあやふやなものかを、ラッセルの認識論やこの著作をきっかけに考えなければならない。

 われわれは意識しないかぎり、判断停止した「馬」のようにものごとを見て受け入れる。この問題はわれわれが知識を得るあらゆる場面においても浮上する。左翼マスコミが、とかテレビが、とか「うそはうそであると云々」とかいう卑近な例だけでなく、自分の視覚や聴覚による情報の取得の場合にも知識の問題は起こる。

 

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 この著者の本を読んで反射的に生まれるのは拒絶である。彼は体験したが自分はしなかった。自分にはその体験がない、では、別の道から確実性を高める方法はないのだろうか。自分は部屋の外のことについては部外者であり、なにかを言うためにはその方法を知らなければならない。よってなにかを言いたい人間は科学的手法、論理といったものを学ばなければならないのである。

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 日本軍での体験談や、日本占領後の軍政、戦前から占領期、戦後を通じて機能してきた情報機関・マスコミ、などの事実関係についてはまた別に調査する必要がある。

 

ある異常体験者の偏見 (文春文庫)

ある異常体験者の偏見 (文春文庫)