うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『ブッダの真理のことば 感興のことば』中村元

 愛欲、欲情、快楽、財産に執着すべからず、と何度も説教する。そもそもこの世は不浄である。家族や子などのしがらみ、怒り、怨念、仇討ちの感情、これも、消し去るべきという。

 われわれの生活のほぼすべてを占めるこうした俗事を、仏教は否定する。しかし一方で、つねに勉励しなければならない、と説く。怠けず、勤勉であらねばならない。一刻たりとも無駄にしてはならない。善をなせ、悪を避けろ。

 果実がいつ落ちるかわからないのと同じく、人間はいつ死ぬかわからない。それでも、怠けず、はげまなければならない。ブッダの説教には、自殺や無気力への誘いはかけらも見当たらない。

 また、自己を律するのはもっとも難しいがゆえに、自己を自らの支配者とせよ、と主張する。自分をコントロールするのは自分であって、ほかの何物でもない。この考えは、自分は「生かされている」とする、同じく仏教の考えとは矛盾するとおもうがどうなのか。

 善をなせ、徳を積め、悪を避けろ、怠けずはげめ、というが、なにが善で悪かが、具体的に示されているわけではない。

 口でよいことをいうよりも、実践することが大事である。

  ***

 ――つとめ励むのは不死の境地である。怠りなまけるのは死の足跡である。つとめ励む人人は死ぬことが無い。怠りなまける人人は、つねに死んでいる。

 邪な考えにそまって、ふわふわと生活するな。悪い人間や不浄な人間と一緒にいるよりひとりでいろ。

 睡眠、倦怠、怠惰、これらは修行の妨げである。

 ――さあ、奮い立て。外へ出て行け。仏の御教えにつとめよ。死王の軍勢を追い払え。

 ――この世では自己こそ自分の主である。他人がどうして(自分の)主であろうか?

 いかなる状況においても、愚者より賢者のほうがのぞましい。

 ――(友となって)同情してくれる愚者よりも、敵である賢者のほうがすぐれている。同情してくれる愚者は、ひとを地獄にひきずりおろす。

 自分をおろかとわかっている愚者は賢者である。賢者だとおもっている愚者は愚者である。「君子危うきに近寄らず」と同じように、おろかものには近づいてはならない。

 ――愚かな者を見るな。そのことばを聞くな。またかれとともに住むな。愚人らとともに住むのは、まったくつらいことである。

 卑しい性質を増大させてはならない。下劣さになじんではならない。こうした下劣で卑しい人間は、この世で生活しやすい。

 たびたび言及される「見る/見ない」とはどういうことか。

 ――森は楽しい。世の人びとはここで楽しまないが、情欲のない人びとはここで楽しむであろう。かれらは快楽を求めないからである。

 ――ただ謗られるだけの人、またはただ褒められるだけの人は、過去にもいなかったし、未来にもいないであろう、また現在にもいない。

 情欲、憎しみ、迷妄、高慢、貪り、愛執は心を汚すものである。

 

ブッダの真理のことば・感興のことば (岩波文庫)

ブッダの真理のことば・感興のことば (岩波文庫)