うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『塚本邦雄歌集』

 戦後短歌の有名な人の作品を集めたもの。細かいこと……『透明文法』、『水葬物語』、『装飾樂句(カデンツァ)』、『緑色研究』など。

 

 

 「透明文法」……

 無風景の、言葉の奇抜な組み合わせを重視した歌が多い。春日井建のような情緒はない。旧字体が印象に残る。

 ――海風に二本のゆびがはこばれぬ濡れた街街の花を匿せよ

 ゆびがはこばれるという異様な光景と、街街の花のつながりがわからず、脳にひっかかる。海風という文字からは港湾、倉庫街を連想する。

 ――聖家族憊れて眠る薄明にピアノ響りつつはこび出されぬ

 簡単な漢字をひらがなにすることで、字面の密度を薄めているのだろうか。一方、漢字羅列型の歌もある。

 シュルレアリスム風のことば組み合わせ術ばかりでなく、正統な美しさ……風景や、きれいな言葉の連なりをもつ歌もある。しかし、若干ひねってあるので、万葉集の再生産などではまったくない。

 ――かの国に雨けむる朝、わが胸のふかき死海に浮くあかき百合

 ――てのひらの傷いたみつつ裏切りの季節にひらく十字科の花

 ――赤い旗のひるがへる野に根をおろし下から上へ咲くジギタリス

 霧深い港に、死体がぞくぞくと打ち上げられる光景が浮かぶ。

 ――廃港は霧ひたひたと流れよるこよひ幾たり目かのオフェリア

 戦争とキリスト教の要素を含む歌はけっこうな数にのぼる。

 ――死者なれば君等は若くいつの日も重装の汗したたる兵士

 ――昏きルオー展にて人に見られゐむ瞼うるみし若きキリスト

 ルオーの聖像画はわたしも見たことがある。兵士、アメリカ兵、砲、騎兵、と、軍隊、戦争を連想させることばをよく使うが、著者は第二次大戦を経験した世代だからなにか思い入れがあるのだろう。

 五七五の字数にはおさまっているが、ことばはリズムとはまったく別に入れられている。とくに、はじめの五七で単語が分断されていることがおおい。

 スウィフトや古典からの引用、長い固有名詞の挿入例……

 ――土曜日の父よ枇杷食いハルーン・アル・ラシッドのその濡るる口髭

 ――仮死の蠅蒼蒼と酢の空壜に溜め de profundis ...... domine(かみよわれふかきふちより)

 ――壜のらっきょう天に首よせつつ死する五月、大人國(ブロブデインナグ)に友欲し

 「緑色研究」から……まったく風景を想像させない、ことばだけの奇異の組み合わせだが、なぜか魅力を感じる。「轢死あれ」という謎のスローガンの繰り返し。

 ――轢死あれ 轢死あれ われは屋上に蜂の巣の肺抱きて渇くを

 単語や、単語の組み合わせは異様だが、これらをつなぐことばは文語である。文語だからこそ格調が出てくるのではないか。口語しかつかわなければ、しまりのない、平凡なナンセンス短歌になってしまいそうだ。

 ――睦月 きさらぎ 絵札のジャック極彩の断れし上半身愛しあう

 胴体切断を連想させる血なまぐささと、倒錯した同性愛、もしくは鏡を見ながらの自慰のイメージが混ざり、不気味な歌になっている。はじめに睦月、きさらぎ(如月)を置いたことに深い意味はあるのだろうか。

 後期の歌集になるにつれておとなしく、枯れてくるのは、春日井建を読んでいるときにも感じたことだ。

 ――ガリア戦記に芥子咲きゐしか夜の空油のごとき五月なりけり

 ――天正十年六月二日けぶれるは信長が薔薇色のくるぶし

 ――青畳に寝そべって「オデュッセイア」読む総領抹香鯨のごとし

 ――鮮紅のダリアのあたり君がゆかずとも戦争ははじまつてゐる

  ***

 文章は濃度が高い。「短歌における「現代」」では、半分死んでいる現代短歌の重要性を主張する。はじめに、寺の景色が表現される。

 ――遁げまどう醜い幼虫を半殺しにして、永い時間をたのしみ、技芸天はかえりぎわに、それも燭台の釘の林の間から、ちらとかいまみるにとどめる。

 短歌、定型詩、韻文は文章を作るうえで不可欠である。現代文学は「文語のきびしい収斂作用、リゴリズム」に多くを負っている。リゴリズムrigorismとは厳粛主義、厳格主義のことで、硬質でつながりのはっきりした文語の特徴を示しているのだろう。

 吉岡実の詩についてのエッセイ……「人間この修羅の性、世界この悪徳の沼ともいうべき凶変の証が、肉感となって迫ってくる稀なる作品に、私はたとえばボッシュの絵や地獄草紙、あるいはまたブニュエルの映画、ボードレールの詩、そして渋沢竜彦の論説を算えるのだが、吉岡実の作品もまた、当然これに加えねばなるまい」。

 著者の散文には独特のリズムがある。長い文のなかにも、散文のリズムでなく詩や定型詩のリズムをもった一部分がある。

塚本邦雄歌集 (現代詩文庫)

塚本邦雄歌集 (現代詩文庫)