うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『ヤセンスキー、アンドリッチ、ゴンブロヴィッチ、オレーシャ』

 ロシアおよび東欧の作家を集めたもの。

  ***

 ヤセンスキー「パリを焼く」

 不況におちいったパリで、ピエルは工場をくびになる。住む家も追い出され、現金もなく、恋人のジャネットはほかの男と出歩いて帰ってこない。ピエルは地下鉄の駅構内で寝泊りし、ゴミと残飯をあさる。町で男と連れ添って歩く女をみるたび、ジャネットの姿にみえる。果たして、ジャネットが実在の女であるかどうかも疑わしい。
いさかいから監獄に入れられると、共産主義者とおぼしき男たちが、革命だ、なんだ、と物騒な話をしている。

 ある瞬間、ピエルはポスタルのごとく啓示をうける。友人の職場であるパスツール研究所から、ピエルはペスト菌を盗み出し、配水所に流しこむ。パリ祝祭の日、ペストが蔓延し、人が大量死し、パリは軍隊に包囲される。

 無職になって女に捨てられた男が、やけになって細菌テロをおこなうという、身も蓋もない、反倫理的な物語である。粘着的な文章、悲惨な場面の超然とした描写、歴史叙述のような細菌テロの経過説明から、一市民の記憶や窓の風景の執拗な書き込みまで、語り手の視点や縮尺は自在に動く。文体には読むものをひきつける力がある。

  ***

 ――それまで誤りもなく働いていたメカニズムのバネのひとつが突然はぜ割れでもしたように、ある日、ピエルの独房には、頭を傷だらけにし、包帯と菜っ葉服の袖をべっとりと血まみれにした声の大きな男たちがどやどやと割りこんできた。

 彼ら労働者、共産党員たちは、あやしげな会話を繰り返す。

 ――叙事詩の題はいつも同じだった……人が殺された。ねばっこい血が歩道を褐色に染めた。人間を満載したトラック。そして群集は、帳簿から抹消されて欄外に移された数字のように、幾万という単位で近づきがたい灰色の垣のかなたへ送りこまれた。

 とくに事件性のない風景や景色の描写にも、狂った、幻想的な色合いが加えられる。

 ――枝枝の赤熱した鉄線にかかるぼろきれさながらの緑の葉が、ものの焦げるいがらっぽい匂いをただよわせていたある朝、魔法の門はだしぬけにあけはなたれ、呆気にとられているピエルを、なかば力ずくで外へ突き出した。

 これはピエルが釈放になっただけの説明だが、一読しただけでは意味がつかめないくらい、ゆがんだ眼によってとらえられている。

 ピエルがペストの拡散を思いつく、啓示をうける場面は、火花と、マグネシウムがしゅうしゅうと発熱する音がそのまま伝わってくるようだ。頭蓋骨のなかでおこなわれる理科の実験のような、幻想的な場面である。

 ――突如、マグネシウムが焚かれ、強烈な目くらめく炎が一瞬、彼の脳髄を照らしだした。彼は呆然とその場に立ちつくし、息をひそめた。

 場面は移り、中国系移民ハンの生涯が語られる。絵に描いたような、白人による搾取、資本家による搾取の物語である。ハンがパリにいる間、ペストが発生する。ハンは隔離されたパリのなかで、黄色人による国家の成立を宣言する。同日、ユダヤ人律法家によってユダヤ人国家の設立が宣言される。さまざまな集まり……アングロ・サクソン、フランス人の王政復古主義者、ロシアの帝政派、黒人などが、パリの区を陣地に独立国家をつくりだす。

 なかでも荒唐無稽なのは、失業した警察官たちである。警官は、パリ警視庁の立つシテ島を国土とし、警官による国家の樹立を宣言する。このために、パリのどこかからもうろくしたじじいが連れてこられ、独裁者として祭り上げられる。

 中国人のハン、アメリカ人実業家のリングスレー、パリ・コンミューンのラヴァルなど、パリの内部で動く人間たちにつぎつぎと焦点が当てられるが、みな死んでしまう。このあたりから物語が空中分解していくような印象をうけた。パリに成立した独立国家の物語は尻すぼみして、ペストによって全滅してしまう。最後、唯一生き残った中州島の囚人たちが共産主義国家を成立させ、全ヨーロッパに革命をよびかけるところでおわる。

 パリ・プロレタリアートの勝利にたいして、語り手は特別思い入れがないようにみえる。

 

 ヤセンスキーは「筋の軽視は読者の軽視に通ずる」として、おもしろさを重視していたという。この小説を読んでも、共産党員というより、第一にすぐれた作家だったのだと強く感じる。スターリンに目をつけられて収容所送りになったのは、たとえばこの作品がイデオロギーに支配されていない点をみるだけで納得できる。

 

  ***

 アンドリッチ「呪われた中庭」

 

 ボスニアの僧院で、老フラ・ペタルの葬儀がおこなわれる。生前のフラ・ペタルは、自分がイスタンブールの牢獄、「呪われた中庭」に手違いから入れられた経験をよく語った。

 「呪われた中庭」には無実の人間のほうがむしろ多く入れられている。これらの人びとの多数はやがて釈放されていくが、なかには札付きの悪党や犯罪者も混じっている。フラ・ペタルは豪快な刑務所長や、愉快な泥棒、小悪党などと交流するうち、イズミールという聡明な一人の青年と出会う。この青年は15世紀のオスマン帝国の内紛、バヤズィットとその弟ジェムの玉座争いを研究していたが、あまりの読書家ぶりからうわさを立てられ、「王朝転覆の疑いあり」として監獄につれてこられた。

 フラ・ペタルの回想のなかに、さらにイズミール青年の語る、ヨーロッパも交えた王朝物語が挿入される。イズミールは歴史上の人物が乗り移ったかのようにジェムの生涯を語る。やがて、取調官の尋問に耐えかねて、「おれがジェムだ」と称するようになり、ある日精神病院かどこかへ連れ去られる。

 フラ・ペタルはその後「中庭」を釈放され、流刑地を経て、ボスニアに帰る。流刑地で知り合った男は、「中庭」についてこのようなことばを残す。

 ――一つの国なり、政府なりがどれほどのものか、その将来はどうかを知ろうとおもったら、その国でまじめな人間、無実な人間が何人牢獄にいるか、ずるいやつや犯罪者が何人、大手をふるっているかをみることです。そうすれば、いちばんよくわかりますよ。

 物語はふたたびフラ・ペタルの葬儀にもどる。トルコの牢獄での回想も、回想に出てきた人物たちも、みな過去のなかに埋められてしまう。

 ――これで終わる。あとはなにもない。……人間の悪もなく、人間悪に絶えずつきまとうあの希望も抵抗もない。なにもない。ただ雪と、人は死に地下に葬られるという単純な事実だけがある。

 人工的な仕掛けのあまりない、写実的な小説である。牢獄を通してさまざまな人間の行く末を観察し、また人間の生涯のはかなさを知らせる。死は人間の悪も善もすべて飲み込むが、それでも、人間は生き延びようとする。どうせ死んで消えるのだから意味がないとか、もしくは死など気にする必要はないとか、どちらの結論にもたどりつくことができない。われわれは自分の生命や生活に意味があるのかどうかについて、判断を保留しながら日々を送っている。

  ***

 ゴンブロヴィッチ「ばかあかい」

 ふしぎな「黒人」によってガラス球に密閉され、海を漂流する。その後、気球に乗って空を旅行すると、こんどは外界から隔離された島に落ち、らい病の住民たちに襲われる。ポーの冒険小説をおもわせる「冒険」には、荒唐無稽な冒険譚にくわえて、どういうわけか空想的な一節が含まれている。

 ――おりもおり、一個の巨大な火球がカスピ海に落ち、海水は一瞬にして残らず蒸発した。

 世界滅亡かとおもいきや、同じ段落でふたたび海が創られる。

 この「冒険」以外の短編は、躁病のような気質の語り手が、女の子を追いかけるという話ばかりで、退屈で読めなかった。

  ***

 オレーシャ「羨望」は飛ばした。