うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『兵士イワン・チョンキンの華麗なる冒険』ヴォイノーヴィチ

 間抜けで朴訥な兵隊イワン・チョンキンが、ソヴィエトの巨大な官僚組織……軍隊、秘密警察、新聞、学界を混乱におとしいれる物語。墜落機の見張りのために村に派遣される前半部は退屈だが、秘密警察がチョンキンに目をつけ、逮捕状をもってやってくるあたりから、嘘はふくれあがっていく。小説の全編にわたって、硬直化した組織、怠惰な人間たち、政治体制にかかわりなく古い生活を続ける抜け目のない農民たちの姿が、おかしみをもって描かれる。

 糞から飲料をつくる民間科学者、「スターリン」という名前の老人に恐れをなす秘密警察、そして、チョンキンをドイツ軍のパラシュート部隊と勘違いして大騒ぎする将軍と軍隊など、細かい笑い話をつなぐことで小説は進む。

 秘密警察(「しかるべき機関」と呼ばれる)が村に向かうところから、ほら話の上にほら話が上乗せされ、劇はますます大がかりになっていく。嘘が嘘を呼び、信用創造ならぬ大ぼら創造とでもいうべき作用が働く。この組み上げられた嘘の山に、本書の魅力、おもしろさがある。

 登場人物たちは皆、官僚機構のなかに組み込まれている。

 彼らは、怠業や間抜けさによって、機構からなんとか抜け出そうとしている。なかでもイワン・チョンキンとニューラは、社会の圧力にまったく動じない、泰然とした人物である。チョンキンは間抜けだが、軍隊の圧力をうまくかわし、こそこそと場を読むこともせず、恋人となった村娘ニューラのために戦う。作者が言うように、彼はソ連社会に抵抗する人間の象徴なのだろう。

 喜劇の形式を維持するために、暴力や陰惨さはほとんど削られている。尻にあたった銃弾と、同志をドイツ軍と勘違いして「ヒトラー万歳、スターリンくたばれ」と絶叫した秘密警察の大尉の処刑、結末において連行されるチョンキンをのぞいて、血なまぐさい場面は見当たらない。独ソ戦や秘密警察(NKVDかKGB)は、そのまま喜劇にはめこむにはあまりに暗鬱だ。

『キャッチ=22』と同じく、軍隊や社会、人間の組織の異常さを、笑いによって表現したよい制作物である。

 

兵士イワン・チョンキンの華麗なる冒険 (1977年)

兵士イワン・チョンキンの華麗なる冒険 (1977年)