うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『ハムレットもしくはヘカベ』カール・シュミット

 ハムレットはヨーロッパが数世紀をかけて解釈にとりくんできた作品であり、その奥行きはとてつもなく広い。従来の心理主義的解釈や、文献学的成果をふまえつつ、シュミットは作品がつくられた当時の時代状況と照らし合わせて、「ハムレット」内のなぞにせまる。

 シュミットの論理展開は明快で、「ハムレット」未読のものにも十分ついていける。シェイクスピアへの興味も高まった。

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 ハムレットの父親は幽霊となって息子の前にあらわれ、自分を殺した男に復讐をしてくれと頼む。殺害者はハムレットの母と結婚している。これまで、母は父親の殺害に手を貸した存在と考えられてきた。しかし、劇中では母の罪は問われず、また母が実際に姦通し、殺害者と共謀したかどうかもはっきりしない。

 この母親のモデルが、メアリ・ステュアートであることが、あいまいな位置づけの理由である。エリザベスは、自らが殺したメアリの子ジェームスを後継者にしようと考えていた。このジェームス一世が、シェイクスピアの劇団のパトロンだったのだ。パトロンの母親を悪く言うわけにいかないので、ハムレットの母の存在は意図的にぼかされているのである。

 「ハムレット」は復讐者の劇だが、ハムレットという人物は復讐者という枠組みを逸脱している。彼は憂鬱に悩まされ、復讐に踏み出せずに右往左往する。この姿が、近代人だ、とか、チェザーレ・ボルジアのような人物だ、とか、ドイツ国民そのものだ、とか、あたまのおかしいふりをしているのだ、とかさまざまな解釈にさらされてきた。

 シュミットいわく、ハムレットが人気を博していたのは、彼が当時の有名人物になぞらえられたキャラクターだったからだ。その人物とは、ジェームス一世その人と、エセックス伯である。ハムレットにおいて二人のモデルは融合している。

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 「ハムレット」のもつ悲劇性は、この作品が完全な創造力の発現でなく、歴史的事実と、つまり時代と観衆と一体になっているからこそ生まれたものである。

 ――これの上演には、神話について聴衆がもっている現在と密着した知識から、もはや純粋な劇・遊戯などではない現実の要因が絶え間なく流れ込んでいる。オレステース、オイディプース、ヘーラクレースといった悲劇的人物像は虚構・創作されたのではなく、生ける神話の人物として現実に与えられたのであり、外部から――それも現在している外部から――悲劇の中へ持ち込まれたのだ。

 シェイクスピアは現実からひとつの神話を確立することに成功した。悲劇的事件と創作は相容れないが、彼は「日常政治の錯綜しみちあふれるアクチュアリティのなかから、神話へと高まることが可能な人物の姿を掴み出してきた」。

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 悲劇は完全な創作においてはおこらない、とするのがシュミットの主張である。

 

ハムレットもしくはヘカベ (みすずライブラリー)

ハムレットもしくはヘカベ (みすずライブラリー)