うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

フィクションについて

 どんなフィクションを読んでもいまいちおもしろくないのはなぜか。

 10年ほど前はもっと感心していた気がするが、最近は途中で投げ出すか、飛ばし読みすることが多くなった。

 適当に思いつくものでは、『キャッチ=22』、『ヘリオーポリス』、パールバック『大地』、『レ・ミゼラブル』、ヘンリー・ミラーの本の大半、『ジャン・クリストフ』、『西欧人の眼に』、中島敦の主な作品について、どれも一気に読んだ。

 自分の精神が貧しくなったのか、趣味に合わない本を連続して読んでいるからかはわからないが、夢中になるフィクションが減ってしまった。

 本自体がつまらなくなったわけではなく、1年に読んだ中で本当におもしろいものは歴史の本等であることが多い。

 去年に限定すると、フィクションで面白いと思ったのは『バガヴァッド・ギーター』くらいである。それ以外に良かったのは『Hitler and Stalin』、『田中清玄自伝』、『部分と全体』、『シュルレアリスムとは何か』、『月をめざした2人の科学者』、『神は妄想である』、『Eichmann in Jerusalem』等。

 

 問題は、わたしがどういうわけかフィクション制作を目標としている点である。小説なり詩なりを制作したいにも関わらず、読む小説、詩がことごとく退屈に感じるため、何をしたいのかがわからなくなった。

 本当はフィクションがつくりたいのではなく、単に、肉体も頭も使わない肉体労働者の生活から抜け出したいために、適当な幻想を掲げているだけかもしれない。文字を入力しなくても生活できるとしたらそれは入力する必要がないということである。

 

 今後の方針

(1)制作については、たとえくだらないゴミを量産しているとわかっていても文字入力を続ける。

(2)フィクションについても、いずれ面白いと感じる本が発見されると信じて読み続けることである。

 

 最低でも自分がどのような代物を制作しているかぐらいは自覚しておくべきである。