うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『遊心譜』宮崎市定

 雑誌への寄稿や、書籍の紹介などを集めた本である。

 長く中国史の研究にたずさわっておりながら、偏った視点に落ちこんでおらず、当時の共産中国に対しては苦言を述べている。思想やイデオロギーの問題に一見感じられる中国とベトナム、中国とソ連との抗争には、領土が絡んでいる。われわれは意識しないが、民族主義の力はものすごく、国民国家にとって一片でも領地を失うことは耐えられないのだ。

 頭のいい人間はすぐ理論に走り、事実を都合よく切り貼りし、はめ込んでしまう。著者によれば、歴史学は愚かな、頭の悪い人間がやるべきなのだ。地道に史料を読み、事実を集めることで、大まかな理論や概念が生まれてくる。それが実証主義である。現実は観念的な理論のようにきれいではなく、不整合なものだ。ヘーゲルの歴史哲学、マルクス唯物史観、どれも著者の肌にはあわなかった。

 高校、京都大学で学んだ話や、戦時中の教師としての生活、欧州旅行で横光利一と同船したエピソードなどから、昔の光景が真に迫って伝わってくる。長生きするには、歴史学をふくめて、学問や趣味やらを面白がる必要がある、というが、笑いや滑稽を重視する著者の文章からもそれは読み取れる。

 京大新聞に寄稿した学者人生にかんする短文では、学者のピークとして海外研究と、定年の二点をあげている。当時は、国公立教師であれば、三〇歳、四〇歳のときに文部省嘱託研究員として海外に行くことができた。これがまず学者としてのひとつめのピークであり、つぎは定年、六〇歳前後である。この年になってようやく自分の専攻の全貌がわかりはじめ、「選択眼」も備わる。

 学者が一人つくられるのには長い時間がかかる。1週間で身につく皿洗いとは違い、腰をすえて取り組まねばならないし、また取り組む価値のある仕事と感じる。

 

遊心譜 (中公文庫)

遊心譜 (中公文庫)