うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『シュンペーター』伊東光晴・根井雅弘

 前半はシュンペーターの評伝、後半は彼の経済理論に割かれている。

 シュンペーターケインズという、対照的な二人の紹介からはじまる。ケインズは英国の経済立て直しという短期的視野(時間の相のもと)に基づいて研究をおこなった。対してシュンペーターは資本主義とはなにかという壮大な経済学の体系を打ちたてようとした。

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 シュンペーターの生涯をたどることは、同時に十九世紀末から二十世紀にかけてのオーストリア、ドイツの歴史をたどることである。貴族文化の残るオーストリアで育った彼は、社会主義の理論のみならず、資本主義の経済学が描く理論も、故国にあてはまらないことを嘆いていた。一方、ドイツには十分な資本主義の発達があった。

 大戦の起こる前に、彼はすでに名声を博していたが、オーストリア、ドイツが敗戦すると、彼はオーストリア蔵相に抜擢される。しかしワイマールとの協調、合併を目指すオーストリア社会主義者と、西欧(英米仏)からの投資によって経済を復興させようとするシュンペーターは対立し、バッシングをうけたのち解任される。

 彼は社会主義を部分的に認める発言をしており、このことは終生変わらなかった。しかし、自分を誹謗中傷する社会主義者たちをみて、政治には不信感を抱いたようである。

 ケインズの理論には、彼は賛同しなかった。ケインズは雇用回復のために政府による雇用創出が必要だと主張したが、シュンペーターは政府が適切に機能するかどうかに疑いを抱いていた。また、不況は資本主義において当然の現象であり、資本主義のみによって回復できると考えていた。

 ワルラスらの経済学に関しては、静態的であるとの批判をおこなった。彼らによれば経済は、人口、技術、気候といった外的要因によって規定されるものにすぎない。しかしシュンペーターは、資本主義は資本主義内部に経済発展の可能性を秘めていると考えたのである。これが彼の考えた動態的なものであり、すなわち「企業者」による新結束(イノヴェーション)である。

 先輩の経済学者や同時代のそれに批判を加えながらも、シュンペーターは「どんな理論からも学ぶべきところがある」という態度を崩さなかった。ロシアにおける社会主義について、彼は凄惨な事態を引き起こすことを予見していた。その上でなお、後進国から急激な工業化をおこなうことに成功した社会主義に、一定の評価を与えている。

 三十年代、彼がハーバード大経済学部で受け持った学生たちがその後の経済学を担い、シュンペーターを乗り越えていくことになる。

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 企業者像にたいして、シュンペーターが理念的な定義であるのにたいし、マーシャルはより経験に基づいている。シュンペーターにおける企業者とは単なる経営管理者でなく、新しい可能性を遂行できるものである。

 純経済理論の部分は自分の無知により理解できず。

 シュンペーターは資本主義は衰退すると考えていた。理由は以下の二つである。まず、資本主義における新結合の担い手は天才的企業者から官僚化された一群の専門家に移行してきた。やがて新結合そのものも「日常的業務」になる。企業者職能の無用化は彼ら、およびブルジョワジーの地位低下を引き起こすだろう。

 また、彼は資本主義の発展が資本主義の擁護階層を衰退させるだろうと考えた。ブルジョワジーは彼ら自身の階級を守ることができないだろうという。資本主義の発展が資本主義の基礎を崩壊させるという点で、彼はマルクスに同意していた。

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 『諸帝国主義社会学』においてシュンペーターは古代から現代にわたる帝国主義の一般的特徴を抽出する。

 「歴史上の事実を分析することによってわれわれは、第一に、何らはっきりした目標にしばられない”無目的的”な武力による拡張への傾向――すなわち戦争や征服を求める無合理的な非合理的な純粋に本能的な性向――が人類の歴史においてきわめて大きな役割を演ずるという確かな事実を確かめた」。

 しかし、伊藤光晴によればこれはシュンペーターの重視したことではない。彼が意図したのは現代帝国主義の一形式たるドイツへの批判だった。

 彼によれば、帝国主義は純資本主義的現象ではない。ドイツには重工業とユンカーという二つの要素があるが、帝国主義を推進したのは、半封建的な特徴を残すユンカーである。日本においては、都市にたいして、地主が強い力をもつ農村が帝国主義と軍隊拡大を担っていた。資本主義そのものは、帝国主義にはなりにくい、とシュンペーターは考えた。

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 シュンペーター経済学の今日的な意義は「経済にとってもっとも大切なことは、技術革新であり、新製品による新市場の創設であり、コスト低下にもとづく供給曲線の下へのシフトであることを強調したこと」だという。

 特質をつかもうとする、普遍理論を打建てようとするシュンペーターの潮流は忘れられ、時代をつくったのは計量経済学、数理経済学だったが、やがて「度外れた抽象化」(フォン・ノイマン)によって現実から隔たった。

 彼にとって、「現実社会のエトスを、直覚によってえぐりだす能力は、極めて限られた人にのみ可能であり、方法論にしたがって適用や発展が可能だというものではなかった」。

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 重要なのは経済学そのものについてであり、これを知らなければシュンペーターはじめとする経済学を理解することはできない。

 

シュンペーター―孤高の経済学者 (岩波新書)

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