うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『フランサフリック』フランソワ=グザヴィエ・ヴェルシャヴ

 アフリカにおけるフランスの軍事介入、選挙不正などを告発した本だが、本書は狂気に近い怒りにとりつかれている。翻訳を出した緑風出版はほかの本を見たところ本気左翼系の会社であり、著者のヴェルシャヴも狂信に近い人道的思想に帰依している。

 

 事実の列挙と著者の人道的活動への信仰告白が同じ調子で繰り返され、「しかし」や「ところが」は入るべきところになにもない。接続詞をほとんど利用していない文章は、起伏は多いが情緒的でくどい日本語の告発とは異なり、表情をいっさい変えずひたすら呪詛を発する狂人の姿を想像させる。

 告発されているフランスの数々の悪行と、ヴェルシャヴがおこなう過激な人道的活動、またそれを無謬のものと確信している篤信者の態度が印象的である。翻訳者も相当日本語に気を配っているはずだ。
接続詞は少ないが、過激な言葉、攻撃的な言葉は多い。

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 フランス政府はルワンダにおける組織的虐殺を支援した。ルワンダにおける「フツ・パワー」運動、ツチ族虐殺はルワンダ政府および軍上層部が企画しておこなったものであり、これにたいし武器や食糧などを援助したのがフランス政府である。海外協力省やミッテラン大統領はこれを黙認した。

 ヴェルシャヴはフランス海外協力隊でのアルジェリア出張(兵役の代替)や、精神病院での勤務を通して、人道的信仰に目覚め、餓死する子供を救済することを国家の優先課題にしなければならないという啓示を受けた。彼は運動に加わりフランスを行進した。宣伝やメディアへの訴えかけにたいしてフランス政府はなにもしなかった。

 ――この失敗を機に、われわれは、われわれが二年前からますます強く感じていたことを改めて確信した。それは、権力の中枢にいる人びとは、自分たちが政府開発援助から利益を得ているがゆえに、それに触れたがろうとしないということだ。海外援助は、ますます強い悪臭を発するフランス=アフリカ関係の下部組織なのだ。この〈乱脈で〉〈癒着した〉、つまり文字通り「錯乱した」システムを、われわれは「フランサフリック」という名で呼び始めた。

 政府開発援助、とくに計画外援助は、資金洗浄のために利用されている。計画外援助はフランスの金持ちを潤し、同時に貧国の金持ちをも潤す。吸い取られるのは税金であり、貧国の貧民の金である。

 ――名目上は独立したアフリカの砂地に流し込まれる大量のお金は、旧宗主国フランスを干上がらせるどころか、逆にフランスに豊富な資金を還流させ、フランスの『上流階層』を潤している。大部分のパリのシックな街区は奇跡のようにわいてくる流動資金の上にのっかって生活しているが、この資金の流れを上流の方にたどっていくと、地下を通じて、「開発援助という」水源につながっている。……石油や、熱帯の産品というすでに十分うまみのある収益源にくわえて、幸福な少数の人びとのために、さらに“こってりと”上乗せされる開発援助の還流率は夢のような高率に達する。まさに胸が悪くなるほどだ。

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 フランス=アフリカ関係は政府の要人であるフォカールによって担われた。フォカールはド・ゴールやミッテランの時代を通してフランスのアフリカ権益すべてを知悉しており、アフリカにおけるフランス権益の擁護者だった。「フランサフリック」とは、フランス人とアフリカの「友人たち」および企業が一体となった腐敗利益集団のことを指す。ヴェルシャヴはこれらをフォカール主義と呼ぶ。

 ――フランサフリックとは、フランスとアフリカで経済的・政治的・軍事的当事者の混沌とした集団を指す。彼らは組織網(レゾー)とロビーという形で組織され、資源と政府開発援助という二つの金づるの独占に群がっている。この収奪の論理は、事情に通じた仲間以外の人間がイニシアチブを発揮することを禁止することにある。このシステムは、みずから品位を落とし、犯罪的構造に生まれかわる。それは本来的に民主主義に敵対する。この語はまた、混乱を、なれなれしさにかぎりなく近い家庭的親密さをも喚起する。

 東西冷戦、すなわちアングロ=サクソンと共産勢力が二大勢力として覇権を争っているなか、フランス帝国もまたアフリカにおいて割拠していたことが本書から見て取れる。フランス幹部はとくにアングロ=サクソンを嫌っており、アフリカにおいてはソ連を超える宿敵と認識されていた。

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 第二部でフランスのアフリカにおける所業が列挙される。

 カメルーンでは反フランス派活動団体の弾圧のために「バミレケ族」なる危険少数民族を捏造し、フランスの教練教官、武器、物資を送って彼らにたいする虐殺を援助した。トーゴで独立主義のオリンピオが大統領になると特殊部隊を送り込み暗殺した。コートジボワールではフェリックス・ウフエ=ボワニを、ガボンではアルベール=ベルナール・ボンゴを国家元首に据えた。彼らはフランスの「友人」であり、フランスの支援によって反対派を弾圧した。

 一九六七年、ナイジェリアにおいてオジュクがビアフラ地方の独立を宣言し、内戦が勃発した。ビアフラは産油地帯であり、オジュクはフランスと良好な関係を保っていた。旧英帝国領たるナイジェリアが分割されることはフランスにとって格好の機会だった。フランスと近隣の旧植民地はビアフラ側として暗に協力した。

 チャドで進歩的な大統領ボノ博士が台頭するとこれを暗殺し、替わりに忠実な軍人を大統領に据えた。同様の暗殺やーダーすげ替え、運動家の抹殺はブルキナファソでもおこなわれた。リベリア内戦の惨憺たる結果はフランサフリックに負うところが大きい。

 フランスはこれら新植民地政策を実行するにあたり、フォカールの配下(傭兵、情報部員、軍人、現地人のゴロツキ)を活用した。彼らはフランスやその友人、フロント企業の指令を受けて拷問、虐殺、暗殺、宣伝工作をおこなった。人道支援は、支援物資に武器を紛れさせるよい口実となった。

 白人政権のローデシア(現在ジンバブエ)や南アフリカ、スペインのフランコポルトガルサラザールもフランスと協調した。あたかもアングロ=サクソン帝国に対抗する「ラテン帝国」が出現したかのようだった。

 フォカール主義、フランサフリックの犯した罪のなかでも最大のものは、ザイールにおけるモブツ担ぎ上げと傭兵を用いての数々の非人道的行為である。弾圧や残虐行為、腐敗で知られてはいるがフランスにたいし協調的なモブツを再びザイールの王座に据えるためにフランスはフォカール配下の戦争屋および白人傭兵部隊を利用した。傭兵は旧ユーゴスラヴィア、とくにセルビアから供給された。彼ら傭兵は内戦の生んだ若者であり、平和な社会に適応できなくなったものたちだった。彼らはザイールに送り込まれ非人道的なふるまいをみせた。

 アメリカの軍事介入の一方、フランスもまた俗悪な政策を実施していたことをヴェルシャヴは訴えかける。

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 一九九七年三月、ザイールにおいて反乱軍がモブツ政権を転覆し、まもなくフォカールが死んだ。フォカール主義の崩壊がここからはじまったとヴェルシャヴは述べる。

 ――要約すると、アフリカにおいてフランスの政策を選択し、実行しているのはもはや共和国でもなければ、エリゼ宮ですらない。政治・経済・軍事にわたる関与者が偶然寄り集まってできた曖昧な集団、権力を維持し、資産から収益を引き出すという目的で束になった組織網(レゾー)の寄せ集めなのだ。……四十年近い間、このシステムは、フランスの納税者の金を使って、財政面(フラン圏)、政治面(防衛協定ないし軍事協力協定)という二つの全災害保険の陰に身を置いてきた。いずれの保障も、加速度的に時代遅れのものになってきている。

 

フランサフリック―アフリカを食いものにするフランス

フランサフリック―アフリカを食いものにするフランス

  • 作者: フランソワ=グザヴィエヴェルシャヴ,Francois‐Xavier Verschave,大野英士,高橋武智
  • 出版社/メーカー: 緑風出版
  • 発売日: 2003/03
  • メディア: 単行本
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