うちゅうてきなとりで

The Cosmological Fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『収奪された大地』エドゥアルド・ガレアーノ

 本書は土地は豊かだが外敵や独裁者から虐げられつづけているラテンアメリカの歴史をテーマにしている。本書は、外国(欧米日)企業による地場産業の搾取、労働力の搾取、国内の独裁者と少数の富裕層による多数の貧民の搾取など、「新版の序」での暗澹たる追加項目からはじまる。

 国民の五分の一が尋問・監視・追跡関係の仕事に就く国、「奇跡」によって経済成長率と幼児死亡率が同時に上昇する国、弾圧とテロの方法に創造力を発揮する支配者など、グロテスクな光景が並べられるが、そのなかに「条文だけの八時間労働」というものがある。われわれの労働時間だけは、これら諸国と肩を並べることができるようだ。

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 コロンのアメリカ発見につづいてスペイン人が新大陸に押し寄せ銀ブームがおこる。ポトシは大都市となりヨーロッパの銀採掘量はこれまでの総備蓄を超えてしまう。しかしスペイン本国は植民地拡大にともなう食料需要増とインフレのために赤字になり、富はフランス、ドイツ、フランドル、イギリス、ジェノヴァなどに流出する。スペイン語をほとんど一言もしゃべらなかったカルロス五世につづきフェリペ二世がスペイン王位につくと、国庫を投じて宗教戦争と異端審問に打ち込む。審問官トルケマーダが活躍したのもこの十五世紀である。ユダヤ人、モーロ人の追放はスペインの工業に打撃を与えた。貴族は財産を生産設備に投資せず、奢侈に費やした。発展は滞り、乞食がヨーロッパ中から流入した。聖職者が異常な数まで増大した。

 ――当時、スペインには、貴族の領主的司法権下にあって国王の直接支配を受けない村や町が一万以上も存在した。大土地と長子相続の制度はそっくり残っていた。暗愚主義(オスグランティスモ)と宿命論が相変わらず瀰漫していた。

 銀ブームと金ブームはインディオの文明や人口を徹底的に破壊したが、ここで書かれている先住民文化への賛歌には疑問を感じる。ヨーロッパによって新大陸の文明が破壊され、インディオが非人間的な待遇におとしめられたのは事実である。

 鉱山業につづいて、中南米は砂糖きび農業で栄える。大農園・大土地所有制(ラティフンディア)、砂糖きびモノカルチャーにより、農民は極貧生活を強いられ、また土壌も枯渇した。砂糖きび、コーヒー、カカオ、ゴムといった単一産業のために土地が犠牲にされた。

 キューバはスペイン領の時代から合衆国の経済進出に悩まされ、バティスタ時代には国民の三分の一が失業者だった。本書では、キューバ革命は肯定的に書かれているが、その後も問題が改善されていない。コロンビアやベネズエラグアテマラなどもコーヒー、カカオ栽培の宿命に苦しんでいる。大農園がない場合、極小農園(ミニフンディオ)が散在し、中間業者がピンはねする構造がつくられる。

 

 アメリカにおける北と南の格差はなぜこうも大きくなったのか。著者は経済の点から説明を試みる。ピューリタンの入植者たちが手に入れた十三州は、天然資源や人的資源に恵まれていなかった。彼らは自分たちの手で、ヨーロッパで実践されているような経済・産業をつくろうとした。

 一方、南アメリカは内的発展を求めなかった。中南米の経済は外国資本と外国市場に依存しており、また豊富な天然資源はほかの産業の発展を滞らせた。インディオが絶滅寸前にいたると、つぎはアフリカ黒人を輸入し労働力にあてた。入植当初のこのような違いが、現在の発展の差になったのだという。

 金、銀の流出につづいて、ボーキサイトマンガンの流出が進んだ。アメリカはベトナム戦争の頃、飛行機をつくるためにアルミニウムを必要としたが、アルミニウムはボーキサイトがなければつくれず、合衆国にはボーキサイトがなかった。合衆国は石油やボーキサイトマンガンといった鉱物資源のほとんどを輸入に頼っており、国家戦略の点からブラジルが注目された。こうしてブラジルは合衆国に資源を吸い取られた。

 十九世紀、チリは肥料となる硝石の産地としてイギリス経済の付加物となる。しかしハーバー・ボッシュ法という硝酸塩生成法をドイツの化学者が発明したことで硝石経済は衰退し、つづいてアメリカ資本の力で銅の採掘がおこなわれる。ボリビアは錫を出したが、本国の発展には一切寄与しなかった。アルゼンチンは伝統的に石油を産んでいたが、イギリス資本とアメリカ資本の争いのためにたびたびクーデターが発生した。

 

 話の構造はどれも似通っていて、「平和の楽園に魔の手が忍びより、崩壊する」というものだ。『フランサフリック』にもそっくりの語り口で紹介されるアフリカ国家があった。

 十九世紀、パラグアイは独裁者のもとで保護貿易を推進し、自国の産業を発展させることに成功した。独裁者は広範な支持を得た英雄であり、乞食、盗賊、物乞いはおらず、国民のほとんどは読み書きができた。しかし、パラグアイの関税を許せない、自由貿易国が不満を抱く。イギリスの手先アルゼンチンと合衆国の手先ブラジルが、弱国ウルグアイとともに三国同盟を結んでアスンシオンを占領した。

 こうして海外資本・搾取から隔絶した楽園はおわり、パラグアイも「収奪された大地」に名を連ねる。新大陸の解放は、イギリスの高利貸し的支配と同義だった。

 

 ガレアーノいわく、合衆国を発展させたのは「見えざる手」ではなく、保護貿易、自国産業振興である。逆に、ラテンアメリカを荒廃させたのが、外国資本の意のままに動く自由貿易主義である。合衆国は自国において保護主義を進め、国外進出にあたってはIMFと世界銀行を武器に自由化を押しつけた。

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 合衆国や多国籍企業など、外国資本の侵略を批判するが、完全な社会主義者というわけではないようだ。ガレアーノは民族資本の育成と内的発展を重視している。とおもっていたが、Wikipediaをみると、反帝国主義のために民族資本を革命勢力とする主張があるようだ。

 IMF、世界銀行の政策を批判する点は、スティグリッツグローバリズム批判と同様である。南米は、欧米諸国の経済進出を直撃を受けた国である。

 読んでいて違和感を感じたのは、訳者が「合州国」という語彙を使っているためだった。この単語を使うことを主張する新聞記者がいた気がするが忘れた。

 本書が書かれたのは冷戦の最中だが、中南米の惨憺たる状態が改善されたのかどうかは調べていないのでわからない。

 

収奪された大地―ラテンアメリカ500年

収奪された大地―ラテンアメリカ500年