「勝負の終わり」
窓の二つある部屋のなかに、ゴミ箱に入れられた老夫妻と目の見えない老人、始終立っている男がいる。全員老化に直面しており、自分のこれまでの人生が無意味だったのではないかという疑いにとりつかれている。神はいないのではないかという疑問も会話のあちこちにあらわれる。四人の話は微妙に噛みあっておらず、諦めと、意味を求めるやけくその発言が繰り返される。
人間は生まれると殺風景な部屋のなかにやってきて、老いて顔が真っ白になるとゴミ箱に押しこめられて死ぬ。
老人たちはみなあわれでこっけいな印象を喚起する。場面も、会話も極度に抽象化されていて、むしろ生活の表面だけを書いたようにもみえる。しかし彼らから読み取れるのは、老いぼれて死ぬ前の、自分の人生の無意味さにため息をつく様子である。
「クラップの最後のテープ」
クラップは自分が過去に録音した独り言を聴いて思い出す。録音内容はクラップの若い頃のことをしゃべっているらしいがよく理解できない。録音テープを通して記憶を思い返すことで、おそらく記憶はより強く意識される。
「行ったり来たり」は老婆たちの陰口の囁きあいを戯画化する。「わたしじゃない」では人をそしりながら必死に自分とは違うことを主張する女を書き、「あのとき」は区切れのないせりふで三つの声がひたすら独白をする。
よくわからない独白を除けば、ベケットは老化と、みじめな老いた人間をよく題材にするようだ。みじめな老人像は、老年を完成とみる世界観とは対極にある。無意味なものは長ければ長いほど無意味である。
余計なもののない簡潔な世界と、ほとんどは短く、平坦なことばのなかで、人生の終わりやむなしさを連想させる。
勝負の終わり・クラップの最後のテープ (ベスト・オブ・ベケット)
- 作者: サミュエルベケット,安堂信也,高橋康也
- 出版社/メーカー: 白水社
- 発売日: 1990/12
- メディア: 単行本
- この商品を含むブログ (3件) を見る