うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『春日井建歌集』

 「未青年」の序が趣があってよい。
 ――少年だつたとき 海の悪童たちに砂浜へ埋められた日があつた ……ああ日輪……ぼくの真上には 紫陽花のような日輪が狂つていた

 序、本編の歌にも、太陽の出てくることが多い。

 ――太陽を恋ひ焦がれつつ開かれぬ硬き岩屋に少年は棲む

 まぶしい、強烈な太陽を中心に、青空、少年、海という風物が積み重ねられる。太陽の下でうごく少年の姿が思い浮かぶ。この少年は直接なにかを言ったりはしないが、「しい逆」、「熱き」、「斬首」といった烈しい印象を抱かせる。

 海の風景は、南方の島で戦死した兄の図像とつながっている。くらげ、水死体、兄の死体、残された父親や歌い手と、屍臭がただよう一方で、少年や漁夫といった、動く肉体の図像も見られる。

 ことばのひとつひとつ、ことばの組合せが、極彩色をおもわせる。どの歌も、太陽の光、海、赤い血と、鮮明な色をしている。自然だけを歌っているのではなく異質なものの融合も多い。

 ――赤き青き花のかたまり輪唱の輪に肖てけむる雨の花市

 ――太股を張れる瀕死の像恋へり絵皿に苦く月射す夜を

 血のたっぷりつまった肉と、真夏の草、水場、それに死体を凝縮したような歌が並び、どれも魅力をもっている。

 ――雪の上に佇みてゐしわが影を曳きて音なく去りゆく柩車

 ――日輪が白横の眩暈してけむる曇天に狂気の塔は伸びゐむ

 「火柱像」の章は夜空と宇宙を題材にとっているが、ここでも血肉と金属の光沢が垣間見える。鮮烈な組合せだが、とってつけたシュルレアリスム風ではなく、歌集を総合的にみると統一された色調をたもっている。

 ――荒くれの傷に粗布巻く夜はあつし石廊の血もはやく乾かむ

 ――蒼き尾をみづから焼きて流れたる星の夜更けも匕首を研ぐ

 

 ことばの選択とともに、短歌のリズムも読む上で重要である。後ろの七七がかっちりとおさまらず、字が余っていたり、七七のあいだをまたぐ句があると、歌の結びの部分、尾ひれがうごめいているように感じる。

 「洪水伝説」の章は、水、海にまつわる歌が集められている。やはり、屍臭がただよい、ぬめぬめしてふくらんだ水死体を連想させる。

 ――地の果てへ油泥の海はつづきゆけ風の死臭に揺さぶられつつ

 ――夜の海の絡みくる藻にひきずられ沈むべき若き児が欲しきかな

 「のぼりゆく古塔に緑の黴……」など、「塔」ということばを含む歌が若干見られる。わたしは、塔ということば、および塔のもつイメージに魅力を感じる。塔という字をみて思い浮かべるのは五重塔や鉄塔ではなく、ミナレットのような、重く、簡素な石造りの建造物である。まわりは礫砂漠でも貧民街でもいいが、下界から超然としていることが大切である。

  ***
 ――望遠鏡に都会の星を照準し息つめをれば独裁者めく

 ――体温をもてるかなしみ儚めば月の路上をただ歩むなり

 はじめの歌は、孤独な男が喧騒にたいし狙いを定める光景を連想させる。銃火器の幻想でもって見知らぬ人間を撃つ、という歌もある。「銃丸壁のごとき窓より……」自撰歌集のなかの「狼少年」の句は題材は都会と孤独だろうが、この二句で思い浮かぶような、きざったらしい鼻につく展開は皆無である。

 白人の白さや眼球、われわれと異なる体格に注目した「白んぼ」の章や、アメリカの風景を想像して書いたとおぼしき章もある。

 ――母なる河に日射病の黒奴沈ましめ安けくただよふ乾草の舟

 ――化粧する寝椅子の老嬢肥満して自由おぞましきアメリカの夜

 歌の題材や言葉は、南北戦争の時代から、ホイットマンからの連想、アル・カポネジェームズ・ディーンまで、時代と場所を自由に飛びまわる。

 「人肉供物」はデュヴェール『幻想の風景』のなかの猟奇的場面をおもわせる、人肉食、殺人、血液が露骨にあらわれた章である。ベンの「死体公示所(モルグ)」などとともに、自分の好きなテーマである。

 ――吊られゐる黄の肉塊がしんしんと静もりゐたり人肉供物

 ――肉吊りの鉤に密かに血はしみて行方不明のひとり帰らず

 

 ショパンの詩はつまらない。ショパンの弱弱しいイメージと混ざって、ただ薄きれいなだけの短歌に感じた。

 後期の歌は毒がぬけて、そこらの詠嘆と見分けがつかなくなってくる。カビくさい畳、ほこりのついた土壁のような、わざわざ読む気にならない短歌である。初期の毒々しいものがよい。

 藤原定家は俗事にまみれながら、だからこそ言葉のうえで「無可有」、すなわち有りうべくして無し、という世界をつくりあげた歌人である。彼は俗事にまみれた生活と、純粋で透明な言葉による構築の世界を峻別した。定家の歌が、言葉の彫刻のようでありながら、心をもっている(有心)のはそのためである。

 定家の姿勢は春日井自身も学びとっており、中国の江南という遠大な地方ではない、単なる愛知県江南市で生まれ、名古屋で育ったからこそ、こうした凡な現実と言葉の関係を断ち切って、このような幻想的な歌をつくったのである。

 

春日井建歌集 (現代歌人文庫 10)

春日井建歌集 (現代歌人文庫 10)