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『危機管理の理論と実践』加藤直樹・太田文雄

 「国家あるいは地方自治体等で危機管理に携わる人たちの参考となるために」つくられた、危機管理についての本。

 前半は危機管理の定義について、社会科学の方法論を並べながら考える。後半は防衛白書から引き写ししたような、国際情勢と、戦争の形態変化の説明がつづく。

 前半の方法論説明は加藤、後半の防衛白書は太田が担当しているという。

 

 危機管理の確立のために、まず危機とはなにかを定義しなければならない。これまで、物事を単純化し、分析するという方法に基づいて危機は定義されてきた。この見方は静的なものであり、つねに変化し、複雑に影響しあう危機の実際に則していない点もあった。著者は、従来法を重んじつつも、複雑系を理解する際の視点に基づいて、危機を把握すべきだと考える。

 危機管理の時系列的な理解としては、代表的なもので次の分類をあげる。

 

1 前兆の発見 Signal Detection

2 準備・予防 Preparation Prevention

3 被害の極限措置 Containment Damage Limitation

4 原状復帰 Recovery

5 学習 Learning

 

 危機を複雑適応系に基づいて理解すると、危機とは「多様性をもつ対象であり、危機を構成する要素自体が相互作用を与え合う」現象であり、「危機が発生している状態ではシステム内部だけでなく外部間とも相互作用が及んでいる」。

 危機を複雑なもの、総合、システム均衡の異常、常に変化するものとしてとらえるにあたり、鍵となることばは「多様性」、「相互作用」、「自己組織的臨界状態」、「創発性」、「カオスとフラクタル」、「散逸構造理論」、「ホロン理論」などである。このなかには若干わかりにくい概念もある。

 「自己組織的臨界状態」とは、「臨界点の大きさよりも小さい構成要素の場合は、臨界点へ近似するように増大、拡大し、逆に大きい構成要素の場合は臨界点へ近似するように減少、収束」していく状態をいう。

 ――この視点を危機管理に導入するならば、「臨界点=平衡状態を維持するための閾値」と置き、臨界点の大きさよりも小さければ組織はまだ危機が顕在化するようなエントロピー増大という状態ではないと認識して拡大戦略をとることもあり得るでしょう。

 創発性とは「多数の要素がそれぞれ局所的に相互作用することで、大局的な性質が創出され、それがまた個々の要素に影響を与え、さらに大局的な性質が変化していく」という連鎖的変化をいう。危機はこうした変化をもっている。

 ――カオスの最大の特徴は「初期条件に対する鋭敏な依存性」にあり……

 カオスによれば、初期条件のわずかな違いが時間的経過にしたがって大きな変化になる。

 散逸構造理論とは「あるシステムが開放系にあるとき、外部との相互作用によって平衡状態から非平衡状態に転移することで新たな秩序が形成されるとする理論」である。

 ホロン理論とは「個が全体であり、全体が個である」とする事象のとらえ方である。

 こうした、複雑な事象を把握する手がかりをもとに危機管理の実践を考えると、組織形態も軍隊型・官僚型では不十分であることがわかる。

 新しい形態として著者は以下の条件をあげる。

 

1 トップと危機対処チームとの階層間には双方向性を確保

2 独立したマネジメントチームは対処チームからの報告や提案を客観的な立場で相

互作用や自己組織化の方向性などを洞察し、創発性適応のための提言をトップ階層におこなう

3 トップとマネジメントチーム間には双方向性と独立性及び柔軟性、平坦さ、気軽さを確保

 

 組織形態とならんで、情報の運用、危機の洞察・創造、自己組織化も重要である。

 以上、新しい概念にもとづいた危機認識と、これに伴う制度の改善を提唱する。いざというときに対処できるよう、危機を現実に則して理解すること、この理解に基づいて制度を整えることが重要である。

 

 以降の章のなかで、情報についての説明だけが新鮮だったので記録しておく。

 インテリジェンスは主に以下のとおり分類される。

 

1 IMINT 画像情報
2 GEOINT 地理空間情報
3 SIGINT 信号情報
4 COMINT 通信情報
5 ELINT/TELINT 電子・テレメトリー情報
6 ACINT 音響情報
7 HUMINT 人的情報
8 MASINT 計測情報
9 OSINT 公開情報

 

 太田によれば、今後対テロ戦争ではHUMINTが、大量破壊兵器対処、BMD等ではGEOINT、MASINTが決定的に必要になってくるという。

 日本は情報機関が整備されておらず、資源が不足している。情報を与えなければ、同盟国から情報を受け取ることはできない。

 速度が重要になる今後の戦争形態においては、「要求→収集→処理→分析→配布(活用)」というサイクルでは危機に対処することができない、と太田は考える。太田の提唱モデルは、各カスタマー、収集者、分析者がデータを共有し、アクセスする、というかたちをとる。

 ――たとえば、大量破壊兵器が使用された危機の対処方法を知識としてデータ・ベースに蓄えておき、必要なときに、地方自治体のリーダーや一般国民というカスタマーが自由にアクセスできるようにしておけば、緊急時にタイムリーな対処ができます。

 今後、国防をふくめた危機管理システムの整備には、情報通信が深くかかわってくるようだ。

 

危機管理の理論と実践

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