うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『クワイン』丹治信春

 名前は前から知っていた言語哲学の人間の考えをわかりやすく説明する本。

 クワインは、主にカルナップの影響を受けて自分の考えを変化させていったが、やがて「自然主義的な人間観」という基盤のもとに、人間の認識や、言語の使い方についての解釈を発展させた。

 自然主義的な人間観とは、人間を、神から加護をうけた特別な存在としてではなく、動物の進化の過程で生まれたものとして考える見方である。動物は生存のために環境に適応していくことでさまざまな習性を身につけていくが、人間の思考のはたらきも、外界の環境に適応するための機能である。だから、人間の思考や哲学、言語が、世界を完全に理解できる、と考えるのはむずかしい。

 クワインの哲学を知る前に、カルナップの著作を検討する。カルナップによれば、言語は構文(規則や用法)から成り立っており、たとえば形而上学的な論争は、単に使用する言語の違いの問題にすぎない。

 「さまざまな哲学的問題は、いかなる言語(構文論)を規約として採用するか、という任意の選択の問題に、解消されてしまう」とカルナップは言った。さらにクワインは彼に賛同し、科学法則も、言語的な規約としての「定義」とみなした。そして、真理(論理的真理)もまた規約に由来すると考えた。以上が、クワインの「規約主義者」時代の思考である。

 クワインは、師カルナップの主張から離れ、「ホーリズム」という哲学を考える。
 

 ――外的世界についてのわれわれの言明は、個々独立にではなく、1つの集まりとしてのみ、感覚的経験の審判を受けるのだ。

 

 

 科学はそれ自体がひとつの信念体系であり、人の思考はこの体系を乱さないようにする保守主義をもつ。しかし、別の経験や新しい発見を通じて、たとえば地動説や量子力学のように、体系が一変することがある。

 クワインいわく、「人工の構築物であるわれわれの信念体系の認識論的身分は、ホメロスの神々と比較されるべき神話のごときものだ」。科学も、物理的現象も、神々と同じく文化によって存在すると定められたものである、と彼は考えた。この点で、科学と形而上学とを分別する論理実証主義と、彼の思考との違いが明らかになる。

 ホーリズムにあっては、ことばはどういう性質のものなのか。ことばには意味があり、意味を理解するからコミュニケーションがとれるというのは、ホーリズムでは否定されている。「ニュートリノ」ということばを使うには、ニュートリノを含む信念体系全体を受け入れていなければならない。

 『ことばと対象』はクワインの主著であり、彼の哲学の重要な点が説明されている。彼は「ことばを理解することはその意味を理解すること」という心理主義的言語観を否定する。

 第1に、言語は社会的・公共的なものである。ことばと観念の結びつきではなく、ことばと行動、用法のむすびつきによって、人はことばを理解する。このような見方にとって「考える」とは、記号を操作することである。

 存在論と科学は同じ列中にある。指示することや、存在論は、言語が、言語の外の世界のものとむすびつくことではない。存在論はどこまでも「言語の世界の内部の問題」である。

 

 以上、言語のはたらきや、人間のものの見方をホーリズムというまとまりにつくりあげたクワインの哲学に納得した。細かい、技術的な話、論理学的なことは読んだ先から忘れてしまったが、彼の主張の2割くらいはわかったと考える。

 この本はとてもおもしろかったので、また言語学、哲学の本を読んでいく。

 

クワイン―ホーリズムの哲学 (平凡社ライブラリー)

クワイン―ホーリズムの哲学 (平凡社ライブラリー)