うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『イスラーム主義とは何か』大塚和夫

 目的……近年のイスラーム過激派台頭を受けて、イスラーム主義の起源をたどる。

 序章 「イスラム原理主義」から「イスラーム主義」へ
 本書はイスラム原理主義という語の代わりにイスラーム主義、イスラーム復興という語を使う。原理主義は元々、アメリカのファンダメンタリズムを訳したもので、これ自体も「頑迷固陋な」、「旧弊の」宗派を呼びならわすための名称である。

 イスラーム主義とは……「19世紀後半から始まった、西欧主導の近代化に代わり、イスラームを政治的イデオロギーとして選択し改革運動を行おうとする主義、および運動そのもの」。

 イスラーム復興はシャリーアに基づく社会的、文化的慣習を見直し、復興しようという動きである。よって、政治運動とは別個の現象と考える必要がある。

 イスラム正統4学派……ハナフィー、マーリク、シャーフィイー、ハンバル

 法による規制ではなく、内面的な信仰を重視したのがスーフィーであり、12、3世紀にはスーフィー教団(ターリカ)が成立した。スーフィーの聖者はワリー、シャイフ、サーリフ等と呼ばれた。

 1 「一神論の徒」の蜂起

 イスラーム改革運動としてのワッハーブ派について。

 サウディアラビアの公式宗派であるワッハーブ派は、18世紀の人物であるアブドゥルワッハーブとサウード一族によって創始された。

 当時普及していた多神教的な傾向を改めるため、かれらはワッハーブ運動を開始した。オスマン帝国により討伐されるものの、やがてサウード家のアブドゥルアズィーズがリヤドを奪回し、1932年にサウディアラビア(サウード家のアラビア王国)が成立した。アブドゥルワッハーブの家はシャイフと家名を変更し、多くの宗教指導者(ウラマー)を輩出している。

 ワッハーブ派について……

・「ムワッヒド(一神論の徒)」を名乗り、アラーの「唯一性(タウヒード)」を重んじる。

偶像崇拝多神教を完全否定し、聖廟を破壊する。

 ハンバル学派は他の正統学派に比べて、新規の解釈を認めていた。このため、ワッハーブのような改革運動を生む契機となった。

 ワッハーブ派の台頭に合わせて、イドリースの開始したネオ・スーフィー運動が隆盛した。スーフィーにおける復古と原点回帰を目指すもので、その弟子らは教団を作り信徒を広めた。孫弟子にあたる人物が後のマフディー運動の祖である。

 2 「イスラーム救世主」の栄光と挫折

 スーダンにおけるマフディー運動は、伝統的な側面と革新的な側面の両方を具えている。マフディー(救世主)信仰は、イスラームにおいては正統的な観念である。ムハンマド・アフマドはそれまでのスーフィーを否定し、原始のイスラームに回帰することによる支配勢力の打破を目指した。かれはマフディー名乗り、カリフ政を模した組織によりイギリス軍に抵抗した。

 イスラーム主義はマフディーの時代には、ムスリム内部の問題ではなく、西欧列強との戦いに変化していた。

 サラフィー主義とは、父祖の時代を理想として現状改革を求める運動傾向を言う。

 3 背広を着た「伝統主義者」

 ムスリム同胞団は1928年、エジプトのハサン・バンナーにより創設された。以後勢力を広げ、自由将校団によるエジプト革命の後は弾圧されたが、やがて復旧した。

 この団体はワッハーブ運動やマフディー運動とは異なっている。幹部は背広を着た中産階級であり、また組織も近代的な官僚制度を採用している。ムスリム同胞団は伝統主義への回帰ではなく、宗教を重視した改革を目指す点で近代的な政治運動といえる。

 近代とは世俗化へ進むと一般に考えられているがそれは一面的に過ぎない。イスラーム主義は、宗教を中心に据えた近代化を指向した。

 4 イスラーム復興の時代

 1970年、ナセルが死ぬと、アンワル・サダトが大統領を引き継いだ。かれはカーター大統領の仲介のもとイスラエルと和平を結んだために、ジハード団に暗殺された。この団体は急進的イスラーム主義団体であり、カイロ近郊の高学歴の若者によって構成されていた。

 ミドルクラス・テロリストとは、エジプト等で発生した急進的イスラーム主義テロリストを形容する言葉である。かれらの大半は高学歴者だったが、当時のエジプトにおいて大卒者は職にありつけず、逆に職人らが建設ブームによって豊かになっていた。かれらはイスラーム主義に接近し、キリスト教ユダヤ教勢力と手を組む為政者を非難した。

 5 ムスリムの「近代」

 西洋における近代化は、世俗化、民主化、産業化を伴っている。しかし、近代化の形態は多様である。さらに、イスラーム世界における近代化を、イスラーム近代化としてひとくくりにすることもできない。

 イスラーム急進主義とナショナリズム運動は敵対することが多かったが、共通点を持っている。それは「本質主義」Essentialismで、ある集団や民族に、不変にして固有の性質が備わっているとする考え方である。

 民族運動は、ある民族集団が古来から不変であるという前提に基づいている。同様に、急進的イスラーム主義は、イスラームが本来こうあるべきという観念に基づき、改革や体制変革を目指す。

 終章 9.11の前と後

 ジハード団やアフガンのムジャヒディーン、アルカイダは、いずれも近代的なイスラーム主義運動である。かれらは伝統的なウラマーではなく、都市部の高学歴者によって統率され、イスラームの復興を目指すと同時に、近代的な技術や手段、概念も利用する。

 一方、アフガンを支配していたタリバンは異なる性質を持つ。タリバンは難民キャンプで誕生し、構成員はキャンプで育った、まともな教育を受けていない者たちである。かれらは高度のイスラーム教育も受けていない。こうした、貧困から生まれた運動も、イスラーム主義の新しい形態であるといえよう。

 

イスラーム主義とは何か (岩波新書 新赤版 (885))

イスラーム主義とは何か (岩波新書 新赤版 (885))