うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『部分と全体』ハイゼンベルク

 ハイゼンベルクの19歳から60歳までの自叙伝。湯川秀樹によれば、かれは知力だけでなく体力もあったという。「知的冒険のためにもまた、精神と肉体の両面にわたる耐久力が必要である。それと気力とが互いに支えあうわけである」。
 1
 第1次大戦直後の混乱したミュンヘンにおいて、若いハイゼンベルクは政府軍の斥候として働くかたわら、プラトンを勉強し、また世界の最小単位(原子等)について興味を持っていた。
 外界の生活とは別に、脳の関心は独自の生活を営まなければならない。
 2
 なぜ芸術の道ではなく科学の道を選んだのか。時代が変われば、アインシュタインモーツァルトも、あのような功績を挙げなかっただろう。
 3
 自然科学において理解するとはどういうことか。ゲッチンゲンまで出かけて、量子力学者のボーアと話し合う。
 4
 ドイツ国内の鉄道による移動でさえ、若いハイゼンベルクには負担が大きかった。しかし、狭い地域内に留まっていても勉強はできるということである。
 ゲッチンゲンにおけるアインシュタインの講義において、反ユダヤ主義的なビラまき活動が行われているのに直面した。その実行者は高名な学者だった。
 ――……性格が弱かったり病的な人間を通すと、学問的な生命さえも悪意のある政治的な激情によって汚染され、ゆがめられ得るものであるということを見たのであった。
 ハイゼンベルクは、政治的方針は目標によってでなく使用される手段によってだけ判断しなければならないと考える。
 開戦時の興奮や思い出について対談したときのボーアの言葉。
 ――この「出発」に加わった一般の若者たちは、日常の不安や心配事のすべての重荷を投げだしました。問題がこと生死に関する限り、ふだんは生活を縛りつけている小さな考えは、もはや数の中に入らず、そこでは次元の低い興味に対する顧慮は取り上げる必要はありません。全力をつくして目標の達成、つまり勝利だけに向かって努力するところでは、それまでには決してなかったほど生活は非常に単純で明快なように見えます。
 シラーは「生命を賭さなければ、生命というものは決して獲得されない」と書いた。だからこそ「戦争を避けるためにすべての努力をしなければならない」。
 5
 アインシュタインとの科学についての会話。
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 原子の動きについての会話。
 7
 宗教と自然科学は両立するかについてパウリ、ディラックらと会話する。ボーアは両立が可能であると考える。宗教は価値や善悪を追求するものであり、自然科学は事実を追求するものであり、それぞれ範疇が異なる。
 一方、ディラックは宗教は野蛮時代のまやかしと迷信であると主張する。
 主観的と客観的との違いは、相対性理論によってあいまいとなった。宗教は社会形成のもっとも大きな力であり、完全に排除することはできないのではないか。
 8
 科学において、原理や法則は改良されるのか、それとも全面転換されるのかという問題。
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 量子力学、原子物理学においては、「日常の経験においては可能であるところの、観測の結果の客観化」は不可能である。
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 量子力学が、予測不能の、不確定な電子の動きに立脚している点を、カント哲学の信奉者が批判する。それに対する反論。
 ――科学の進歩は、ただ単に、われわれが新しい事実を知り、そして理解するというだけにとどまらず、「理解する」という言葉が何を意味するかということを、われわれが繰り返し、改めて学ぶことによっても達成されていくのです。
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 実証主義言語学は言葉の厳密性を追求するが、著者は、自然科学が自然を相手とするうちは、完全な厳密性を達成するのは不可能であると考える。
 ――なぜなら、われわれが自然について何かの陳述をしようとするならば、どこかで数学の言葉から通常の言葉へ移行しなければならないからだ。
 宗教は言葉の厳密性をはじめから放棄しているが、自然科学は言葉の厳密性がいつか可能になるという幻想から出発している。
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 1933年になり周りの研究者たちの多数が亡命した。
 ヒトラーユーゲントの学生との会話……
 ――それでは、あなたはドイツがおとなしくこれから先もずっと皆からばかにされ、あざ笑われる国に留まるべきだと思われるのですか。もとはといえばただ最近の戦争に敗れたというだけのことから、この戦争のすべての罪は、ドイツだけにあったのだということを、人びとが捏造し、その罪をなすりつけたがために、そうしたすべてのことを甘受しなければならなくなった――それらのすべてをあなたは辛抱できるものと思われるのですか?
 ――……デンマークスウェーデン、あるいはスイスのような国々は最近百年間戦争に勝ったことがなく、軍事的には比較的弱いにもかかわらず、ともかくもよい生活をしていると思います。かれらはその固有の民族性を、強国へ半ば依存するこの状態においてうまく保持することができました。……より大きな政治的な共同体へ所属することは、ずっとよい防御であるに違いありません。……政治的な運動を、彼らが声高に宣伝し、そしておそらく、実際にもやろうとしている目標でもって、決して判断してはならないし、かれらがその実現のために使用する手段によってのみ判断すべきものであるとわたしは信じています。
 ――われわれ年長のものが……何も助言を与えなかったのは、それはわれわれが――人は自覚をもって真面目に仕事を果たすべきだといったような、よい手本が、結局は善として作用することを期待すべきであるという――まったく平凡な助言以外には何もないという全く簡単な理由からです。
 一度にすべてを塗り替えようとする革命は成功しない。
 ――1つの重要な目標に限定し、そしてできるだけ小部分の変更にとどめることこそが問題なのです。それでも、どうしても変えねばならなかったそのわずかなものが、後になると、変化を起こさせる力を持つようになって、ほとんどすべての生活様式が自然に変形されるようになるのです。
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 科学者は原爆開発にどの程度の責任があるか。また、科学者は政治や時代の要請に対してどのように答えればよいか。
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 ハイゼンベルクらはドイツ連邦共和国において原子力の平和技術利用について研究を進めていた。ドイツは核武装すべきかどうかについて、同僚と討論する。著者は核武装には徹底して反対の立場を取った。
 ――……政治と学問を同時に両立させていくことはできないということだ。いずれにしてもぼくの手には負えない。……学問の場合のように、政治の場合も、常に全力を注ぐものだけが報いられる。二兎を追ってはだめだ。
 ――政治は、専門家やくろうとだけの職業ではなく、われわれが1933年のような破局を回避するためには、すべての人にとっての義務でもある。
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 ハイゼンベルクは才能を生かして科学研究を行うだけでなく、科学と政治の関係、科学が人間の文明に与える影響、科学者が政治に関していかに振る舞うべきかについても考えた。一連のテーマは、著者のいた時代が政治的な災禍にみまわれていたために不可欠の事項だった。

 

部分と全体―私の生涯の偉大な出会いと対話

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