うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『イスラーム 法と国家とムスリムの責任』真田芳憲

 ――慈悲深く、慈愛遍きアッラーの御名において。讃えあれアッラー、万世の主にして、人びとに良き教えをもたらし、彼らを善導し、警告を与え、アッラーの元にそのみ許を得て誘う、煌々たる灯のような聖預言者ムハンマドを遣わされた御方。
 本書はイスラーム法学者(ムスリム)によるものであり、イスラームの教えの重要側面を取り扱う。
 読みはじめたところ、イスラームについての概説というよりは、完全なる信者の主張という印象が強くなった。この人物は現代世界が相当気に入らないらしく、イスラームこそそうした様々な気に入らない問題を解決する糸口であると唱える。

 

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 1 イスラームと預言者ムハンマドの世界史的使命
 ムハンマドイスラームの教えが普及していない砂漠の民の生活と精神を指して「ジャーヒリーヤ」(無明時代)と呼んだ。ジャーヒリーヤは特定の歴史点を指すのではなく、現在こそジャーヒリーヤである。
 部族主義は部族の血縁と慣行のみを絶対視する偏狭な価値観であり、現代は部族的国家至上主義に汚染されている。部族主義を超える原理こそイスラームである。
 部族主義は掠奪と闘争を是とするがこれも現代社会の病理である。
 刹那的享楽主義と科学的物質主義は現代の腐敗であるが、これもイスラームの教えから照らせば修正されなければならない。
 すべての腐敗の根源は無信仰にあり、これこそイスラームが闘うべき悪魔である。

 

 2 イスラームムスリムの責任
 現在、イスラーム教徒及び中東諸国、中央アジア諸国は戦略的に重要度を増しつつある。
 イスラーム世界の政治的及び文化的衰退は、ムスリム自身が堕落し研鑽を怠ったことに原因があると著者は言う。
 ムハンマド・アサドはオーストリア生まれのユダヤ人だが若いときにムスリムに改宗した。かれはイスラーム国家の再建を唱え、ホメイニのシャー打倒運動を支援した。
 ――ヨーロッパに生まれたアサドは、一方において、西洋の思想や習慣に屈服して、イスラームの価値を過小評価、ないしは否定しようとしているムスリムに対して、他方において、文化的停滞と堕落の歴史の中に培われてきた社会的因習と伝統的形式の墨守を主張してやまない保守主義的なムスリムに対して、いずれも反イスラーム主義者と叱咤し、……(略)。
 アサドによれば、世俗国家は功利主義個人主義の支配する道徳規範のない国家である。イスラーム国家こそが国民の平和、幸福、福祉を実現することができる。

 

 3 イスラームと法・国家の原理
 イスラームとは絶対的帰依を意味する。タウヒードとはすべての存在を神と直結させる<一化>の原理である。
 イスラームではキリスト教のような聖俗の区分けは存在しない。ムスリムは地上にまで浸透する神の国をつくらなければならない。
 ムスリムにとって現世は仮の宿でしかない。
 イスラーム法「シャリーア」は、義務行為、奨励行為、許容行為、嫌われる行為、禁止行為を定めている。西洋法が権利の体系であるのに対し、シャリーアは義務の体系である。
 第1次法源……クルアーン、スンナ(ムハンマド言行録)、イジュマーウ、キヤース
 イスラーム国家は神を主権者とし、シャリーアを絶対とする法治国家である。民主主義は多数派により独裁につながるので問題がある。
 ――イスラーム国家の究極の目標は、クルアーンとスンナの教えに基づいてムスリムの生活のあらゆる局面において正義と公正とを確立し、イスラーム共同体の統一を促進し、これを強化することにある。
 イスラーム国家は、神の正義を実現するための政治的手段にすぎない。
 イスラーム国家においては一切の事項は国民の協議を基礎として決定されなければならない。また、国家の首長……イマーム、カリフ、アミールらは、人びとによる選挙で選ばれなければ不法である。

 

 4 イスラームウンマと共同体の復権
 ウンマとはイスラーム共同体を言う。イスラーム的人格、イスラーム国家、ウンマの統一は三位一体の関係にある。
 近代思想は個人を確立したが個人は死に、共同体が求められるようになった。しかしこの共同体も堕落していた。
 イスラーム法において人間は神の正義を実現するための使者であり、神への服従こそが人間の人権を保障する。この権利も本来は神のものなので、人間には義務のみが課される。
 神から与えられた人権は、たとえ権力者や統治者であっても軽視することは許されない。
 イスラーム法は共同体と個人の問題を解決する糸口となるだろう。

 

 5 西洋の抵抗論とイスラームの悪法・抵抗の思想
 1979年のパーレヴィ朝打倒とイラン・イスラム共和国成立について。
 近代における西洋法が、抵抗権の実定化及び制度化について悩んでいる一方、シャリーアは抵抗権問題について既に解決している。
 法実証主義は「法律は法律だ」、「悪法も法」という考え方である。この考え方は例えば実定法の背後にある自然法を重視する考え方と対立する。
 イスラームではシャリーアに叛く法は正統性を持たずムスリムは直ちに抵抗する義務がある。すなわち、信仰を否定するような「無信仰」の権力は断固拒絶しなければならない。
 聖俗を峻別し、この世の権力には服従することを薦めたルターとは対象的である。ただし、ルターも無信仰的な領主に対して抵抗することは良しとしている。なお、かれは農民戦争の際、亡君であっても下民は抵抗していけないと主張し支持を失った。
 ホメイニの抵抗思想は政教一致、聖俗一元のイスラームにおいては当然のものである。

 

 6 西洋の国際法共存の原理としてのイスラーム
 湾岸戦争イスラム教徒の間に強烈な反米、反欧州感情を呼び起こした。なぜかれらは、フセインクウェート侵攻を悪と認めていたにも関わらず、多国籍軍に対しても憎悪を抱いたのだろうか。
 国際法キリスト教国家によりつくられたものであり、イスラーム国家、非キリスト教民族を権利の主体から除外している。国際連盟の定めた委任統治とは、ロリマーらの当時の理論によれば次のようなものである。非キリスト教国家は野蛮で未開であり、また犯罪性を秘めているため、文明国の管理下に置かれなければならない。
 こうした考え方はグロティウス、ランケらにも見られ、西欧の主流だった。
 シヤルとはイスラームにおける安全保障原理である。世界は<イスラームの世界>(ダール・ル・イスラーム)と、<戦争の世界>(ダール・ル・ハルブ)に分かれる。イスラーム世界はイスラーム共同体と啓典の民ユダヤ及びキリスト)の共同体からなる。ジハードとは、イスラーム世界実現のために努力することである。
 クルアーンでは、イスラーム世界が脅かされたときは戦えと命じるが、侵略は否定している。

 

イスラーム 法と国家とムスリムの責任

イスラーム 法と国家とムスリムの責任