うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『鉛の夜』ハンス・ヘニー・ヤーン

 マチウという男は、人の気配のしない夜の街にたどりつく。服の下に黒い皮膚を隠した不気味な女主人と少年に迎えられて、意味不明な会話を行う。
 その後、外に出ると自分の若いころに瓜二つの青年に会う。かれはアンデルス(他人)という名前を持っていた。
 アンデルスは地下室で横たわり、傷を負って死ぬ。マチウは途方に暮れる。
 夢を見ているような、暗い街の中でさまようだけの話。しかし文章には不快なところがない。マチウは女主人や少年、アンデルスに対し欲情しようとしている。
 ――機械についたり、あちこちの事務所の無数の部屋で、たえまなく働いている人、苦しんでいる人、重荷を負っている人、こうした人たちの朝は時計の規律ではじまるのだった。
 ――「肉体になったいのちには、存在し、存在しつづけるという、たったひとつの要求しかないんだ。つらいだけとはいえ、労働は養ってくれる。つらいだけだとはいえ、売春は養ってくれる。汚物を食うやつは、死ぬか抵抗する。存在なんて貧弱なものさ。だが、つづいているかぎり、これは財産なんだ。また、存在は黒い肉体にも、膿みただれた肉体にもある。つぶれた眼のうしろにも、きんたまのないやつにもある。温められたあぶくが冷えて、どこかにしみをつけると、それでやっと――」

 

鉛の夜 (1969年)

鉛の夜 (1969年)