うちゅうてきなとりで

The Cosmological Fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『1984』George Orwell

 「ビッグ・ブラザー」率いる政府によってコントロールされた全体主義社会を描くディストピア文学。ザミャーチン『われら』等とともに、この種の物語のプロトタイプとなった本である。

 

 (1)窓のない、塔のような建物の中に浮かび上がる「真理省」その他の省庁。テレスクリーンがスミスらを監視し、敵であるエマニュエル・ゴルドシュタインを映し出す。それに興奮し、憎悪をかきたてられる市民たちの風景。

 (2)「戦争は平和、自由は隷属、無知は力」に始まる、政府の唱える空疎なスローガンの数々。

 (3)経済は衰退しており、また政府の発表は嘘で塗り固められている。真理省で働くスミスや彼の同僚たちも、嘘と抑圧行為に加担することが任務である。

 (4)このような末世の社会において、スミスは監視から隠れたところで日記を書く。かれはかすかながら、現状に違和感を覚え、また反感を抱いており、必死に自分の思考を書き留めようと努力する。

 (5)スミスは、自分を凝視する若い女ジュリアから告白される。かれは女のことを思想警察だと考えていたがそうではなかった。

 (6)同僚のオブライエンに勧誘されたスミスとジュリアは、秘密の反政府組織の一員となる。この組織は完全な非合法組織で、構成員は自己を滅して奉公しなければならない。

 オブライエンから渡された、政府の敵ゴルドシュタインの著作は、平等を目指す政治が、最終的に寡頭制に至る道筋を解説している。

 大衆から、独立した知性と思考を奪うためには、富や余暇を与えず、働かせているほうがいい。

 労働力の最も良い消化手段は戦争である。3つの超大国は、自分たちの既得権益を守るために、恒常的に戦争を続けている。云々。

 (7)二重スパイによって捕えられたウィンストンは、思想警察から拷問を受け、嘘の自白をさせられる。

 (8)拷問と尋問の過程で、オブライエンは党の存在意義について滔々と話す。党が目指すのはナチスドイツやソ連の体制をさらに純化させたもの、純粋な権力のみを追求する体制である。

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 拷問を受け続けたスミスの肉体は破壊され、また交際相手を裏切り、自分に対する拷問を転嫁させる。それは、飢えたネズミに顔を食わせるというものである。

 収容所から解放されたスミスは精神を破壊され、ビッグ・ブラザーに対する忠誠を誓うようになっていた。

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 主人公ウィンストンは、ネズミ拷問を交際相手であるジュリアに押し付けた。かれは、これを秘密警察側の嘘だと思い込んでいたが、実際に交際相手は拷問を受けていた。

 目の前にいない相手、顔の見えない相手に対してなら、危害を加えるうえでの道徳的なハードルは下がるものである。

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 陰惨な拷問と尋問がこの本の中心である。全体主義と、秘密警察の地獄絵図がこの物語に集約されている。 

Nineteen Eighty Four

Nineteen Eighty Four

 

 

◆参考


『潜入工作員』アーロン・コーエン

 イスラエル対テロ特殊部隊工作員の自叙伝。

 IDF(Israel Defense force)とその特殊部隊だけでなく、イスラエル社会やユダヤ人、テロリズム等についても書かれており、対テロ政策や軍事政策について考えるきっかけになる。

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 著者は純粋なイスラエル人ではなく、カナダ人である。

 母親に連れられて引っ越しを繰り返し、ビヴァリーヒルズで生活するが、贅沢と放任の生活に耐えられず、親の意向でロバート・ランド・アカデミーに入れられる。

 カナダの伝統的な私立軍学校で、教育は少年工科学校のようなものである。ただし、軍の付属ではなくあくまで私立であり、進路は名門大学から軍まで様々である。調べたところ学費は年間400万円前後だった。

 アカデミーの校長からイスラエル軍の話を聞き、著者はイスラエルに移住し特殊部隊員になる夢を持った。

 高校生のあいだは自主トレーニングとヘブライ語学習に励み、卒業と同時に移住プログラムを利用してイスラエルに向かった。

 

 以上のように、著者はイスラエルの建国理念と、イスラエル軍の活躍に惹かれて、入隊したという経歴を持つ。

 こうした人間は現在では少数派であり、本国では、軍人や軍に対する敬意は、特に若い世代の間で低下しているとのことである。

 

 兵役により入隊してから、訓練を経て、実任務に就くまでが細かく書かれている。

 特殊部隊は終身雇用の職業軍人がなるものだと思っていたがそうではなく、著者のような任期制の隊員も配属されるらしい。

 わずか3年の間に専門的な工作員、戦闘員に仕立て上げる教育制度が驚異的である。

 徴兵制は現代戦では役に立たない、と一部では言われているが、短期間で戦闘員を養成することは可能である。

 

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 1 イスラエル情勢

 イスラエルはイルグン、パルマッハ、ハガナー等、反政府組織、準軍事組織、テロリストが作り上げた国家であり、歴代首相の多くはそうした戦闘員の出身である。

 IDFは徹底的な現実主義を採用しており、パレードの練習や制服のアイロンがけ、靴磨きは行わない。また大量の実弾を使って訓練を行い、対テロ作戦や掃討作戦においても教訓を活かし実際的な戦術を用いる。

 キブツユダヤ人コミュニティ)には退役した軍人、特殊部隊員が集まる。

 近年では、若い世代の間で軍隊の魅力が低下している。

 かれらは戦士としてイスラエルを守ることよりも、大学や都会で楽しむことに価値を置き、アメリカやイギリスに行きたがる。兵役では極力楽な仕事を求める。

 著者のように、特殊部隊員の伝記を読み漁って工作員にあこがれる人間は奇特な人間だと思われたようだ。

 

 2 対テロとは

 著者によればハマスはマフィアと同じである。

 ハマスは組織だって活動し、また政治団体を装ってはいるが、実態は犯罪集団である。地域住民を脅迫し、子供を拉致し自爆要員に仕立て上げる。実行犯は何も知らされていないことが多いため、IDFが標的にするのは資金調達者や計画者である。

 イスラエルの対テロ対策は世界でもっとも高度である、と著者は自負する。

 アメリカは高価なハイテク機器をそろえるが活用しない、また、人間の頭脳を使わず、体ばかり鍛えている。アメリカの警官はテロリストを銃撃するとその後の書類や正当性の説明に追われる。このため、迅速な対応に歯止めがかけられてしまっている。

 イスラエルにおいては、テロリストは速やかに殺害しなければならない。群衆の中に紛れ込んだテロリストを射殺する訓練も必須である。

 市民の自由よりも、市民の命を守るためにテロリストを殺害することを重視する。

 かれは、こうしたイスラエルの価値観が容易に受け入れられるとは思っていない。

 常にテロと攻撃の脅威にさらされているので、何かを犠牲にしなければ国家を維持することはできないからだ。

 

 3 著者の活動

 基礎訓練後、特殊部隊サイエレット・ドゥヴデヴァンの訓練隊に配属され合格し、ヨルダン川西岸地区の占領地域に潜入する任務に従事した。

 サイエレット・マトカルは伝統ある特殊部隊であり、バラク首相や、ネタニヤフ(現首相)の兄弟も所属していたが、純粋イスラエル人で、なおかつ血統が良くないと入れないとわかった。

 サイエレット・ドゥヴデヴァンは占領地域のテロリストの捜索と逮捕が任務であり、アラブ人に変装して潜入する。

 著者は銃の取扱いや地理情報把握訓練の他、変装とアラビア語の訓練もさせられた。

 しかし、テロリストの指名手配犯に近づき逮捕、射殺する仕事をするうちに、精神を病んでいった。

 一部の将校や職業軍人を除いて、特殊部隊任務に就くことができるのは1年弱である。それ以上は精神がもたなくなるからだ。

 士官学校の受験を勧められるが、かれは軍隊に嫌気がさしており、すぐにアメリカに戻った。

 その後、経験を活かしてセキュリティ会社を設立した。

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 その他のメモ

 イスラエルの特殊部隊……サイエレット・マトカル、サイエレット・シャルダグ、シャイエテット・13。

 ジョブニク……IDFにおいて事務仕事だけをすること。

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・わたしの学校にいたイスラエル人は、「軍の将校はデブばかり、軍は賄賂、汚職だらけ」といって毛嫌いしていた。

・組織上の相違点……「パレードの練習や制服のアイロンがけ、靴磨きは行わない」。また、継戦能力確保のため、兵隊の生命を尊重する。

 

潜入工作員~イスラエル対テロ特殊部隊員の記録

潜入工作員~イスラエル対テロ特殊部隊員の記録

 

 

『アウステルリッツ』ゼーバルト

 ジャック・アウステルリッツという建築研究者との交流について。

 アウステルリッツは、ヨーロッパ各地の建築や風景についてコメントしつつ、やがて収容所に連れていかれた母親の思い出を語る。

 本全体が人物の回想となっており、茫漠とした印象を受ける。

 ベルギーやロンドン、チェコの風景や公共建築についての所感から、やがてドイツ統治時代の非道な風景や、テレジエンシュタット収容所の建築様式、「管理」への執着、ドイツ人に対する恐怖感等が浮かび上がっていく。

 ヨーロッパの歴史は「奴隷帝国」ドイツによるホロコーストに結実した。

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 ――今では自分でも信じがたいのですが、私はドイツによるヨーロッパ征服についても、彼らの打ち立てた奴隷制国家についても、私が難を逃れてきた迫害についても、何ひとつ知らなかったのです……私にとって、世界は十九世紀末で終わっていたのでした。そこから先に踏み出すことは怖じていた。私の研究対象である市民社会の時代の建築史も文明史も、そのことごとくが、当時すでに輪郭を明らかにしつつあったあの災厄へと雪崩れこんでいくものであったにもかかわらず。

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 本の中に、内容とつながった写真が使われている。駅舎、廃墟、墓、工場、要塞の写真や、人びとの顔やふくろうの写真である。

 

改訳 アウステルリッツ (ゼーバルト・コレクション)

改訳 アウステルリッツ (ゼーバルト・コレクション)

 

 

『全貌ウィキリークス』 その2

 6 アメリカ外交公電が公開され、一般には秘匿されていた各国の政治的方針、取引、また米外務省職員による各国首脳の悪口等が曝露された。

 また、ヒラリー・クリントン国連や経済会議の場で盗聴、身辺調査をするよう指令を出していたことも明らかになった。

 合衆国政府は、外国の首脳や国連職員の健康状態、クレジットカード等の個人情報、ログインパスワード等の収集を命じていた。

 「アサンジは非合法活動に従事している」と政府は非難していたが、その足場が危うくなった。

 

 オバマ大統領らは、アサンジの活動に対して強権的な措置に踏み切った。各企業に圧力をかけ、ウィキリークスの利用するインフラ環境を停止させた。

 このことは、インターネットが自由な空間ではなく、企業や政府の取り決めによって成り立っていることを示している。

 その後、協力者や有志の尽力によりアサンジの身柄が米国に引き渡される事態は回避され、またウェブサイトも復活した。

 

 外交公電の曝露は米国政府とその周辺を激怒させた。

 合衆国はアサンジとウィキリークスを国家の敵と定めた。

 ――……米国の保守派は、アサンジをオサマ・ビン・ラディンにたとえ、世界規模での追跡を求めている。……ニュート・ギングリッチは、アサンジを「敵性戦闘員」にランク付けするよう求めた。「情報戦争も戦争だ。ジュリアン・アサンジは戦争を行っているのだ」とさえ言った。

 保守派のウェブサイトでは、「CIAがジュリアン・アサンジをもっと早くに殺害しておくべきだった」との書き込みが行われた。

 

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 国家の本質は情報の独占であるとされる。

 また、情報の独占、秘密の保持は、強権的な政治には不可欠である。

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 ウィキリークスとブロガーの問題について。

 ――ブロガーの問題は情報源がないということではない、と「クラウドソーシング」に期待していたアサンジは、明らかにがっかりした様子で言った。かれらは単純に、新たな事実を暴露するということには興味がないのだ。ブロガーにとっては、ちょうどそのとき話題となっているテーマについての見解を述べることだけが重要なのである。

 ――現在のウィキリークスは、伝統的なメディアと、デジタル革命なしではありえなかった、内容の検閲がおこなわれにくいということだけが取り柄のウェブサイトのあいだに位置する、いわばどっちつかずの存在である。

 

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 本書によれば、オバマ大統領はブッシュ以上に情報統制について強硬派であり、内部告発者への措置も過酷である。

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 他にもウィキリークス関連本はあるが、内容が似ているようで買う気がおきなかった。ただし、『ウィキリークスの内幕』は、アサンジと袂を分かった同僚が書いたものである。

 

 ◆メモと感想

 ジュリアン・アサンジは自らの技術を利用し、情報の民主化と報道による監視を実現するためにウィキリークスを創設した。

 民主主義国家においては、国民が正確な情報を把握しているということが大前提となる。正しい情報を元に、国民は政治判断を下すことができるからだ。

 情報通信技術は権力による抑圧手段ではなく、自由を確保するために用いられなければならないという点に賛同する。

 政府や権力を監視する機関は、必ず反撃を受ける。この反撃に耐えるためには経済的、政治的な基盤が必要である。しかし、基盤を確保するために企業や別の権力の庇護を受け、自由が失われる。

 永遠の課題は、報道機関に独立性が備わっていないことにある。

 ウィキリークス等の新しいメディアについても、活動存続のためには独立性を確保しなければならないのではないか。

 アサンジは理想的な報道機関の像を今でも信じている。いわく、大手の報道機関の死者はあまりに少ない。

 かれらはジャーナリズムを真面目に考えておらず、ジャーナリストと呼ばれることを恥と考える。危険地域の調査、取材は地元の特派員やフリーの記者に任せている。

 

全貌ウィキリークス

全貌ウィキリークス

 

 

ウィキリークスの内幕

ウィキリークスの内幕