うちゅうてきなとりで

The Cosmological Fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『細川日記』細川護貞 その2

 近衛文麿東久邇宮に言ったという言葉。

 

 ――自分としてはこのまま東条にやらせる方がよいと思うと申し上げた。それはもし替えて戦争がうまく行く様ならば当然替えるがよいが、もし万一替えても悪いということならば、せっかく東条がヒットラーと共に世界の憎まれ者になっているのだから、彼に全責任を負わしめる方がよいと思う。米国は我皇室に対し奉り如何なる態度をとるか不明なるも、伊藤君もいう通り、個人の責任すなわち陛下の責任は云々するかもしれぬが、皇室というが如き観念は彼らには少ないし、加えるに東条に全責任を押しつければ幾分なりとその方を緩和することが出来るかもしれない。それが途中で2、3人交替すればだれが責任者であるかがはっきりしないことになる。

 

・平和産業圧迫により紡績機がスクラップとされたが、このためパラシュート製作ができなくなった。

 

 ――無計画経済なりとの感を深くす。

 

 東条を首相に推薦し、また東条内閣の悪評が天皇の耳に入らないようガードしている木戸幸一について、著者は批判的である。

 

 ――……今日の事態がかく混乱しおるは、要するに木戸内府に私心あればなり。木戸侯は東条と同一に見らるるを恐れ、何とか彼と別物なることを示さんとあせりつつあり、ゆえに東条と全く傾向の異なりたる者が現るれば、自然東条の責任を追及することとなり、ひいては木戸侯の責任問題となるをもって東条の次に寺内等を持ち来たり、責任を多少なりともボカし、次いで和平内閣に持ちいかんとの私心なるべし。……この大戦争をなしたる東条を推薦し、ひいて戦争指導を誤れる東条を弁護したる責任は、決して軽からず。

 

 また、主人の近衛についても、「天皇が東条を信頼しているから倒しにくい、東条を倒したら木戸も責められてかわいそう、倒すとその後自分も面倒くさい」と心性をこきおろしている。

 東条内閣崩壊の様子……

 

 ――東条は閣議において、自分はサイパンの責任を負うて、辞職せんとの心境なりしも、国内にバドリオあるをもって、躊躇したり。しかして今日のことは、皆、重臣の陰謀に出で、したがって敗戦の責任は挙げて重臣にありとの長文の声明を読み上げたるも、閣僚は挙がってこれが発表に不賛成を唱えたりと。かくて東条は血迷えり。

 

 ――軍人の単純なると、悪人の宣伝上手とは困りものなり。

 

 12月、沖縄空襲と機銃掃射が開始され、現地住民と日本軍との問題が細川の耳に入ってくる。日本軍はあたかも占領軍のようにふるまい、「島民は邪魔なるをもって、全部山岳地方に退去すべし、しかして軍で面倒を見ること能わざるをもって、自活すべしと広言しおる由」。

 

 ◇昭和20年

 東条の人気取りに易々とだまされる罹災者を評して、「日本人の頭の程度は、東条のこの種行動と丁度一致するものか」

 終戦と皇室護持に関する昭和天皇の言動について。

 

 ――(陛下は)又梅津及び海軍は、今度は台湾に敵を誘導しえればたたき得ると言っておるし、その上で外交手段に訴えてもいいと思うと仰せありたりと。

 

 平沼騏一郎について。

 

 ――……平沼は小磯に会い、国内に平和論者あるも断乎取り締まるべしと言いて、……実に平沼は馬鹿な男なり。これほど日本国民が苦しみつつある時、尚陸軍の一部と組みて政権欲に目がくらむとは、驚くにたえたる奴なり。

 

 ソ連を通じての和平交渉は、ソ連に宣戦布告される前日まで続いていた。

 8月14日に「朕が身は如何にならうとも、是以上戦争を継続して、国民の苦しみを見るに忍びず」の文言あり。

 阿南の発言……戦争継続の勝算は無いが、「然れども大義存すれば、日本国滅亡するもまたよろしからん」。

 終盤は、政治上の雇い主である近衛文麿の自殺に多くが割かれている。

 

 ◇昭和21年
 (略)

 

   ***
 重臣会議……元老機能を継承した組織。内大臣が主催し、首相経験者、枢密院議長が参加し、首相推薦をおこなう。

 平井稔……日本光輪会合気道創始者植芝盛平に教わる。

 富田健治……貴族院議員

 高村坂彦……内務官僚、近衛首相秘書官。高村正彦の父親。

  ***

 不可思議なゲーリング高評価。しかし、他の本によれば、ニュルンベルク裁判の間、ゲーリングはリーダーシップから評価を持ち直したという。

 ――余はナチの侵略性を好まずと雖も、かれ(ゲーリング)はナチが生みたる一偉材たるは論なし。

 

細川日記 上 改版   中公文庫 B 1-35 BIBLIO20世紀

細川日記 上 改版 中公文庫 B 1-35 BIBLIO20世紀

 
細川日記 下 改版 (中公文庫 B 1-36)

細川日記 下 改版 (中公文庫 B 1-36)

 

 

『細川日記』細川護貞 その1

 近衛文麿の東条内閣倒閣運動に携わった役人の日記。

 第2次近衛内閣の首相秘書官、その後、天皇の弟高松宮の御用掛を務めた。

 息子には陶芸家の細川護熙がいる。

 

 高松宮殿下の令旨を受けた細川は、東条内閣下の様子や世界の情勢について情報収集するため、軍人や政治家等への聞き込みを開始する。

 近衛グループの一員として勤務したため、昭和天皇、近衛や広田弘毅に対する評価が中立でないことを考慮しなければならない。

 

  ***

 ◆所見

 繰り返される東条内閣へのテロに関する言及……途中、近衛らに対する、憲兵の捜査が迫っていると記載される箇所がある。

 しかし、この日記では東條内閣へのテロや暗殺の可能性が度々検討されており、憲兵に見つかれば間違いなく問題になったはずだ。よって、取締りは、著者にまでは届かなかったのではないか。

 

 国体護持について……近衛文麿高松宮に仕えているため、天皇制の維持こそが日本国の生存条件であると考えている。わたしには想像もつかないが、これが当時の日本指導者たちの一般的な認識である。

 著者自身も、「わが国民は英国民と異なり怠惰でずるい、愚かだ」という趣旨の記述を残している。

 

 東条おろしについて……東条英機に皆が不満を抱くが、なかなか失脚させることができず、戦況の悪化を待たなければならなかった。東条は退陣後あれこれと文句は言うが、完全に権力を掌握することができていない。

 

 敗戦についても、だれも貧乏くじをひきたくないがために、方針が定まらない。

 強力な独裁者が暴走したのではなく、監督不行き届き、職務怠慢の指揮官、一部の声の大きい人物らのもと、非合理的で無責任な人間たちが、大失敗を招いたという方が適切である。

 

  ***

 ◇昭和18年

 太平洋戦線の状況が悪化し、またドイツは来年までに敗北するだろうという予想がなされている。東条内閣への不満が各方面から聴こえてくるが、その批判者たちも戦争の行く末については今から見直すと楽観的である。

 

 海軍軍人や、海軍嘱託の学者らの視点。

・米英も苦しんでおり、太平洋で一撃を加えて講和に持ち込むことが可能だろう。

ソ連との友好を保ち、ドイツが破れてからも共同して米英に対処したい。

・日満支だけでは生き残れない。日本は共栄圏を維持しなければ滅びるだろう。

 

 特に印象的なのが軍・政府首脳において、「戦争目的が定まっていない」と繰り返される点である。戦争をしながら「戦争目的を明確にしなければならない」とは異様である。

 この本を読んでいたときはなんとアホな、と思ったが、その後『Obama's Wars』を読んで、オバマ大統領が長期化したアフガン戦争について全く同じ趣旨の発言をしているのを発見した。

 

高木惣吉少将は東条暗殺計画を立案した人物で、その後終戦工作に貢献した。

・酒井鎬次中将……近衛文麿らによる終戦工作に関与した。

 

  ***

 

 ◇昭和19年

 東条内閣を倒すことができない根本的な理由は、天皇が東条を信頼しているからである。著者は、天皇が正しい情報を伝えられていないことを心配する。

 合衆国は戦犯をどのように処罰するのか……たとえ昭和天皇個人が訴追または退位に追いやられても、皇室は守るべきである、と著者は主張する。

 

 テロの可能性は何度も取りざたされる。

 

 ――又テロの問題だが、最近は官吏軍人の中にも、公然テロがあることを云う者もある様だが、それは不謹慎だと思うし、又自由主義的な教育を受けた者にとって、テロが不愉快であることは明瞭なことだ。

 

・計画経済、統制経済への移行が進められるが、全体の資産は減少しつつある。

 ――昨今の世情は実に共産主義的なり。衣食住につきても皆ほとんど悪平等なり。過日の横須賀線の電車の二等を廃したるは兎も角として、三等の腰かけをはづしたるは如何なる意味なりや。之をはづしたりとも他に用途あるべき筈なく、又はづしたるが為、それだけ多く人を収容するを得るものにも非ず。実に不可解なること多し。

 

 「産業奉還」とは経済活動についても天皇の指揮下に組み入れることをいう。

 

 ――今日の世態は誠に奇態なり。すなわち戦争を学びたる軍人は銃後にありて政治経済に従事しおり、政治経済を勉強したる学生が交戦に従事しおる也。……借問す、是が総力戦の姿なりや。

 [つづく]

 

細川日記 上 改版   中公文庫 B 1-35 BIBLIO20世紀

細川日記 上 改版 中公文庫 B 1-35 BIBLIO20世紀

 
細川日記 下 改版 (中公文庫 B 1-36)

細川日記 下 改版 (中公文庫 B 1-36)

 
Obama's Wars (English Edition)

Obama's Wars (English Edition)

 

 

中二階の窓から

 僧侶が鐘を鳴らした。

 緑の草のすきまから、

 虫が飛び出し、藪のなかにいる

 小型の猫が声をだした

 

 かれらは、中二階の窓にひたいを

 押しつけて、頭上をにらみつける。

 

 僧侶たちの、黒い装備がはためき、

 ひげと帽子にはさまれた

 顔から、ぶどうのにおいが放射した。

 

 土を掘り、骨の積層の

 さらに奥までもぐった位置に、

 かれらはぶどう酒の泉をつくる。

f:id:the-cosmological-fort:20180125162539j:plain

『暗殺国家ロシア』福田ますみ

 報道統制の進むロシアで調査報道を続ける「ノーバヤ・ガゼータ」を追う本。

 この新聞は元々、ソ連機関紙の1つだった「コムソモーリスカヤ・プラウダ」の記者たちが独立して設立したものだった。

 業績不振や権力からの圧力で危機に見舞われたが、現在もゴルバチョフを株主として刊行中である。

 エリツィン時代の守旧派クーデタ発生時に、どちらにも与しない中立的な報道が支持され、部数を伸ばした。

 

 ところが、チェチェン紛争をきっかけに、エリツィンはメディアの報道統制を進めた。

 プーチンはさらにその路線を進め、テレビは政権・治安機関、チェチェンについて批判的な報道を一切することができなくなった。

 活字メディアはまだ厳しく管理されていなかったが、「ノーバヤ・ガゼータ」の記事は権力者たちを怒らせ、ジャーナリストが次々に殺害される事態となった。

 

チェチェン紛争に関して、プーチン、軍、FSBは政府側の残虐行為を隠蔽した。

プーチンに忠実なチェチェン共和国ラムザン・カディロフ政権は、誘拐や拷問・殺人を繰り返し、部下の民兵たちに身代金ビジネスをさせた。カディロフに批判的な記者や活動家、市民が多数殺害された。

・ロシアでは地方の権力者がマフィアであることが多い。また、FSBはマフィアと協力することがある。ローカル・マフィアの汚職や腐敗を暴露した場合、ただちに殺し屋が派遣されることがある。

アンナ・ポリトコフスカヤチェチェンの事実を伝えようと努め、多くの人びとから支持されてきた。

 政治家やマフィア、警察、FSBによる暗殺、犯罪が蔓延しているが、かれらが法で裁かれることはほぼない。

 

  ***

 大部分の人びとにとって恐怖となるのはテロであり、イスラーム過激派である。

 国民の多くはプーチンを支持している。

 

 ――いや、ロシアの大部分のジャーナリストたちにとって、暗殺なんて別世界の話だ。なぜなら、政権にサービスするジャーナリストがほとんどだから。彼らには、高い報酬と安楽で快適な寝床が約束されている。それ以外の、権力批判を恐れない我々のようなほんの一握りの少数派だけが命を狙われているのだ。

 

  ***

 プーチンはメディア経営者や大株主に圧力をかけ、政府系企業や政府にメディアを独占させた。また、敵対する新興財閥を取り締まり、反対言論を封じた。ロシア経済を混乱させていた新興財閥の取り締まりによってプーチンは国民の支持を得た。

 

 ――……国粋主義、排外主義が吹き荒れるロシアで、ネオナチの犯罪を暴き自国の戦争犯罪被害者を助けようとする者は、圧倒的に少数派である。

 

  ***

 テレビジャーナリストだったカーネフは、テレビ業界にいられなくなり、「ノーバヤ・ガゼータ」に在籍している。

 

 ――そもそも、警察官も含めたロシアの公務員、官僚たちの汚職、贈収賄は今に始まったことではない。いわばソ連時代から続く悪弊で、「仕事をスムーズに回すための潤滑油」であり、「必要悪だ」と言い切る者さえいる。

 

 ところが、プーチン時代に入ると、汚職はいうに及ばず、ギャング団顔負けの悪質な犯罪が警察官の間に蔓延するようになる。これは、警察を始めとした治安省庁関係者(シロヴィキ)が、プーチン政権下で強い権限を握るようになったことと密接に関係している。

 旧KGBの諜報員出身であるプーチンは、大統領就任後、政権の中枢を旧KGB関係者で固め、内務省やその管理下の警察官僚、軍人なども優遇した。

 

  ***

 2004年9月に北オセチア自治共和国で発生したベスラン学校占拠事件では、政府による情報統制が行われ、不都合な事実が隠蔽された。

 

・人質の数は300人弱と報道されたが、実際には1200人を超えていた。

・特殊部隊は当初から突入を考えていた可能性が高い。そのため、人質の人数を少なく報道した。

・テロリストの要求を絶対に報道しないよう統制した。

・突入には戦車、燃料気化爆弾(シメーリ)が使われた。人質犠牲者の多くが、特殊部隊の攻撃によって生まれた。後の裁判で、政府側はこうした重火器、広範囲殺傷兵器の使用を認めた。なお、燃料気化爆弾は国際条約で禁じられており、ロシアも批准していた。

・遺族の会に対し、政府は当初、金銭やアパート等を与え懐柔しようとした。態度を変えない遺族に対しては恫喝や嫌がらせを行った。

 

  ***

 ――現在のロシアにおいて、リベラル派は圧倒的に少数である。それは、エリツィン時代、「リベラル派」を自称した政治家たちに国民が煮え湯を飲まされたからだ。自由で平等な社会の実現を約束した彼らが国民にもたらしたものは、混乱と無秩序、そして貧困であった。

 

  ***

 本書は特にロシア社会の暗い部分に注目しているが、なぜロシア国民の多くはは、いまもプーチンを熱烈に支持しているのだろうか。

 考えられる原因として……

・テレビ・インターネットを中心とした報道統制

・諦めと民主主義に対する幻滅

・強いロシア復活のイメージ

 このような社会で、命を危険にさらしながら報道を続ける人間たちは驚異である。

 経済的な独立、資金面での独立が、自由な言論に不可欠であることがわかる。同時にそれを達成するのは非常に困難である。

 

暗殺国家ロシア: 消されたジャーナリストを追う (新潮文庫)

暗殺国家ロシア: 消されたジャーナリストを追う (新潮文庫)